安倍元総理襲撃事件に思う

 きのう発生した安倍元総理が奈良で選挙応援演説中に襲撃されて命を失った事件は、ほんと近年の日本ではほとんど聞いたことがなかった「要人の暗殺」という生々しい事実をいきなり突きつけられてほんと衝撃を与えたが、それ故についつい考えてしまうことがいくつもある。

 

 まず一つ目は、このように個人で殺傷能力のある銃が作れてしまう、という事実だ。その場で取り押さえられた犯人(これを容疑者と呼ぶのはいかにもそらぞらしいと思う)はかつて海上自衛官だったことのあることが注目されているが、別にだからといって銃を自作できるわけではなさそうだ。というかもしそうなら、警察官や自衛官は皆その気になれば銃を作れてしまうことになってしまう。犯人は最初犯行に爆弾を使うつもりで実験をしていたが、これでは殺せないと分かって銃に切り替えたという。もっともこの銃、見た限りではかなり簡単なもので、おそらく砲身1本に弾を1つ込めることしかできず、それを打ったらもうおしまいの使い捨て。使っている火薬もその銃声からいっておそらくは銃のものほど精錬されていず出来合いのもの、照準器もなく、総合的にいって至近距離からでない限りは到底役に立たないものだろう。それでも条件付きとはいえ立派に目的を達成できるだけの威力は持っていた。砲身が短いため鞄の中に簡単に入れることができ、対象に接近するのに気づかれにくい。
 犯人がいかにしてこんな銃を作る知識を得たのか…今日び、ネットのどこかにこの銃の設計図がupされているのかもしれないと思うとぞっとする。それに犯人はほんとに自宅でこの銃を手作りしてたみたいだから、出来上がった銃をいきなり使うとも思えない。間違いなく事前に試射してたと思うのだが、いったいどこで…。

 

 続いて、安倍元総理のような要人の場合、常に優秀なSPがついていて、こういう襲撃に備えていざという時には身を挺して警護に当たっているものだと思っていた。しかし、こうもあっさりと犯人に間合いを詰められてしまうとは…。繰り返すが、おそらくこの銃はすぐそばまで近づかなければ用をなさない。遠方からスナイパーが狙いを定めて銃撃するのとは話が違うのだ。つまりは警護さえしっかりしていればこの事件はまず間違いなく防げた類いのものだったのだ。もちろん現役の総理ではないとはいえ、これほど顔の知られた人物がこうもあっけなく…。当日安倍元総理が演説するのはかなり直前に決まったようだが、それならば犯人側にとっても準備する時間が少なかった訳だから決して犯人に有利というわけではない。安全神話の上に立って、警護にかなりの手抜かりがあったとしか思えない。

 

 三つ目、最初の方で「近年の日本ではほとんど聞いたことがなかった」と書いたけども、かつての日本ではこういう暗殺の例はいくつもある。初代総理の伊藤博文からして最期は朝鮮で暗殺されているし、大正から昭和初期にかけては、原敬浜口雄幸犬養毅と3人も現役総理として暗殺されている。浜口は一旦は一命を取り留めたものの、傷が癒えないうちに無理して復帰したために、結局その無理がたたって命を落とした。それぞれの政権に問題がなかったわけではないが、日本が非常に難しい時代にある中、自らの信念を貫いて日本の舵取りにあたった(それ故に軋轢も多かったが)気骨のある政治家達だと思っている。特に犬養の場合、複数の青年将校首相官邸を強襲され、銃口を突きつけられながらも「話せばわかる」とあわてず応対しようとし、それを「問答無用」の一言のもと銃弾を受け命を落とした。いわゆる五・一五事件であり、この後日本が太平洋戦争に一直線に向かっていくのを象徴するような出来事だと思う。
 今回の事件でもこの問答無用な襲撃に、「民主主義の危機」的な論調で語られるのを耳にしたし、それは間違いないのだが、それでもって安倍元総理をこれら歴代総理と同列に語ろうとするのは、どうにもひっかかってしまう。
 もちろん故人を悼む気持ちはあるが、安倍元総理はそりゃ在任期間は長いがその業績を見るとかなり問題のある人物だからだ。アベノミクスだの3本の矢だのかっこいい言葉だけはどんどん出てくるが、その成果はかなり怪しいもの。しかも彼の悪いところはあたかもそれが成果があったかのように業績をでっちあげたことだ。その実体は、でっちあげるための横紙破りの連続、無理を通せば道理引っ込むのオンパレードで、そのために多大なる「忖度」を積み上げて虚構の実績を形作った。あまりに無理を固めすぎてほころびが生じたのが例の「森友学園」「加計学園」「桜を見る会」であり、これらの真相は今後も容赦なく追求し、安倍元総理の実体を白日の下にさらさない限り、それこそ「民主主義の危機」となってしまうだろう。そんな彼も新型コロナに対してはお得意の「忖度」がまったく効かないために完全に行き詰まり、馬脚を現した上、結局は第1期政権時と同じ理由で総理の座を降りるという体たらく。今回の事件によって要らぬ同情論がはびこり、神聖化されることによって追及の手が鈍ることをもっとも恐れる。

 

 最後に――これまた要らぬ同情論により、明日の参院選自民党の大勝利はまず間違いないだろう。ほんとこんなタイミングで事件を起こし、犯人はほんとうは自民党の勝利を画策してたんじゃないだろうかと勘ぐりたくなるぐらいだ。
 思い出すのはかつての大平総理のこと。この時、内閣不信任案が可決するという歴史的不名誉のもと衆議院を解散、元から予定されていた参院選と合わせて奇しくも衆参同日選挙となった選挙戦の最中、当の大平総理が急死した。この死には事件性はないが、結果としてこの時自民党に大量の同情票が集まって自民党は大勝利を収めた。
 明日、同じような事態が再現されるのが目に見えるようだ。