原因と結果を取り違えてないか?

 その猛威をまったく衰えさせる気配を見せない新型コロナウイルス(COVID-19)。おそらく今年の新語・流行語大賞は「3密」「クラスター」「アベノマスク」といったコロナ関連の用語が大半を占めるだろうなとか、「今年の漢字」はきっとコロナ禍の「禍」になるだろうとか、少なくとも今年1年すべてこれにかき回されるなるだろうな、とやるせない気持ちにさせられる。
 不穏な状況の常だが、世の中で怪しげな情報が飛び交うことが多い。そして今日は大阪府知事自身がこんなことを言い出した。
「特定の成分入りのうがい薬を使ってうがいをすれば、コロナ感染率が下がる」というものだ。
https://www.asahi.com/articles/ASN8465THN84PTIL01M.html

 なんとも眉唾な話だが、話を聞いていくうちに「確かにそういうことはあるかもしれない」と思った。ただそれは、要はうがい薬によって口腔内が殺菌されてコロナウイルスが一時的に減ったってだけで、体内に潜むウイルス本体はそのままだろう。言ってみれば、手に付いたコロナウイルスも石鹸で洗うことによって手からウイルスがいなくなるのと同じことだ。抜本的な解決とはほど遠い。感染して体内で増殖したウイルスは口腔内にもあふれやすく、それゆえに鼻孔の奥の組織や唾液を採取することによりPCR検査ができるのに、その口腔内のウイルスだけを減らすって、原因と結果を取り違えているようにしか思えない。
 うがいすることにより「重症化を避けられる可能性もある」とは一応言っているが、現段階では推測の域を出ないことであり、希望的観測じゃないのか?と疑いの目を向けたくなる。

 なによりも一番まずいのは「PCR検査の前にうがいをすれば、一時的に口腔内のコロナウイルスが減少することによって、感染者でも陰性と出る可能性がある」ということだ。つまり、今陽性と出てほしくない人にとって、検査逃れのいい方法を教えてもらったようなものだ。そして案の定この発表があってからその日のうちにうがい薬を買い占めに走る人が一気に増え、たちまち品薄になってしまった。一応会見内で「買い占めはしないでください」とは言ったようだが、そんな言葉に効力があると思っているのだろうか。

 今回のコロナ対応で存在感を見せた吉村知事だが、今回はどう考えても勇み足としか思えないのだ。

これはアジモフとはいえないな~映画「アイ, ロボット」

 コロナ禍のおかげで最近は家にいることが多く、休みの日などTVに向かう時間が格段に増えた。で、そんな時、以前録画して(いつか観よう)とそのままになっている映画をこの機会にちゃんと観る機会も出てきて、徐々にHDに空きが増えて行った。
 そうして観た映画のひとつが「アイ, ロボット」(2004年公開)だ。そのタイトルはアジモフの代表作「われはロボット」の原題と同じであり、実際彼が案出した「ロボット工学3原則」に基づいて作られているという。そのため公開当時から気になっていた映画だった。

 アジモフの作品は学生時代に集中的に読みこんだ。自分自身はSFマニアとは到底言えない浅いSFファンだけども、アジモフに関してだけはかなり耽溺したという自負がある。特に「銀河帝国興亡史」に夢中になったクチだが、一方で彼が生涯にわたって書き継いできたロボットものにももちろん好きだった。(ついでに言うと「黒後家蜘蛛の会」を始めとするミステリーも、膨大な科学エッセイもどれも手当たり次第に読んだ) 殊に、第1作品集「われはロボット」中の「うそつき!」を読んだ時の衝撃は忘れられない。「これぞSFだ!」と当時感嘆してたっけ。

 そんな経験を持つ自分が「アイ, ロボット」が気にならないはずない。一方で原作厨としての不安も。なにせなにやら耳に入ってくる前情報によると、別にアジモフ作品を原作とした映画化ではなく、一応アジモフの作品世界に則っているとはストーリーは全くなオリジナルで、結局別物だというのだから。
 なので結局気になりつつも映画館に出向くこともなくそのままやり過ごしていた。そして去年BSでノーカット放映されると聞いてとりあえず録画したものの、そのまま何カ月もほおっておいたのだ。

 始まってすぐ、冒頭から「ロボット工学3原則」はちゃんと提示される。ロボットが生活の中にすっかり普及した近未来社会の中、ロボット工学の第1人者たる博士が突然自社ビルから飛び降りて死亡する。誰もが自殺だと考えるが、ただひとり、主人公の刑事だけは「ロボットによる殺人」の疑いを持ち続け――。ロボット工学3原則により他の人は殺人の不可能性を疑わず、ひとり暴走する主人公は次第に孤立する。その主人公と相対するヒロインの名はスーザン カルヴィン博士。原作ではシリーズ最大の重要人物だが、これも名前だけ同じでキャラ的には別人とみていい。

 全体のストーリーは結局「ロボットの(人類に対する)反乱」であり、そのテーマ自体は結局ロボットと言う言葉が初めて生まれたチャペックの戯曲「R.U.R.」の時から提示されており目新しいものではない。というかロボットもののフィクションに一番ありがちなテーマであり、こういう所謂「フランケンシュタイン コンプレックス」からの脱却を図ったのがアジモフのロボットもの、そして「3原則」なのだ。
 アジモフのロボットシリーズのテーマとして根底に流れるのはこの「3原則」に基づく様々なヴァリエーションである。作品世界の中で一見3原則にそぐわない行動をとるロボットが出現し、それがその「3原則」のいかなる解釈でそうなったか、を探り、解決していくのがアジモフのロボットものの主眼なんだが、結局映画はそこをあっさり飛び越してシンプルなバトルアクションものにしてしまった。

 だからやっぱりこの映画はアジモフをはまったくかけ離れたものと言わざるを得ない。ただこの3原則を無視して「ロボットの反乱」を引き起こした理由と言うのが、実はアジモフ自身が晩年に提示した「第1原則のさらに上位にある"第0原則"」が元アイディアになっている事がミソか。にしても原作ではだからといってこんな展開には決してならない。原作のロボットは基本的にもっと思索的で直接的暴力に訴えることはない。映画ではここの造りが非常に粗削りなものになっていた。正直「ここまで単純化しなければハリウッド映画にはならないのか」と内心ちょっとあきれてしまった。

 ただし一応弁護すると、そういった"原作厨"的な考えを捨て去りさえすれば、CG造形されたロボットNS-5が大量に画面狭しと整然と行進し、一斉に暴れまくる様は異様な迫力に満ちており、それなりに見応えがあったのは確かだ。ロボットの中で唯一キャラとして特定したサニーの立場というのもかなり凝っていて面白い。しかし暴力的な内容は極力排してロジカルな展開を一貫して目指したアジモフ作品とはかけ離れていると言わざるを得ない。

 エンドタイトルの中でアジモフの名は「suggested by」とクレジットされている。まぁ日本語に直せば「原案」とするのが一番近いだろう。確かに一応アジモフの原作世界が根底にあるとはいえ、やはりそれ以上のものではない、と肝に銘じてあくまで別物としてして楽しむのが吉だろう。

一条の光?

 「BCGが新型コロナウイルスの予防に一役買っているかもしれない」
 そんなニュースを聞いて非常に心強いものを感じた。僕の住んでいる東京はきのうと今日と2日続けてコロナ感染者が100人以上を数え、遂に累計感染者は1,000人を突破した。こんな出口の見えない、それどころか今まさに感染爆発前夜が危惧されているこの状況の中、この話は自分の心の中に意外なほどの安堵感をもたらしてくれた。
 もちろん現時点でBCGと新型コロナウイルスの因果関係はまったくつかめていず、あくまでも統計的な推論に過ぎない。しかしイタリアやスペイン、そしてアメリカではBCG接種が行われていず、ヨーロッパの多くの国で義務化されていない、という事実を聞くと、自分の中でなにか腑に落ちるものがあるのだ。

 それはアジアと欧米の間での致死率の大きな差だ。言うまでもないがこのウイルスは最初中国の武漢で爆発的な感染が始まり、日本を含むアジア全域に広まった後、遅れてヨーロッパでも広まり出した。中国の後、爆発的感染が起こったのがイタリアだった。その際目を瞠ったのは、その感染者の爆発的増大はもちろんの事、その死者が信じられないカーブで増大していったことだった。
 今までにないウイルスのため、すべては手探り状態でしかないのだが、中国で爆発的感染が起こった時にはじき出された致死率はおよそ2%、それにより新型コロナウイルスは感染力は強いが毒性はそれほど高くない、というイメージを最初与えた。しかしイタリアの死者はそれをはるかに上回るペースで増大し、致死率はぐんぐん上昇、現在はとうとう10%を越えてしまった。
 TVから流れて行くイタリアの医療現場の壮絶さには身震いさせられるが、それにしてもなぜ致死率にこれほどの差ができたのかは正直解せなかった。その理由の一つとしてイタリアでの医療崩壊、増大し続ける感染者にとても追いつけずに重篤患者を放置せざるを得ない状況に陥っている事が挙げられており、もちろんそれも大きな要因だとは思うが、それにしてもこれほどの差ができるものだろうか――。僕が一番恐れたのはウイルスがより毒性の強いものに変化しているのではないか?ということだった。ウイルスは突然変異を起こしやすく、インフルエンザなど毎年のように昨年とは少し違うものが発生してその都度ワクチン作りを強いられる。新型コロナウイルスも、ヨーロッパで流行したものは致死率10%に至るほどのより強力なウイルスに変貌しているのではないだろうか?。そんなものが今またアジアに逆輸入されたらひとたまりもない。目を覆わんばかりの惨状が展開されるのは目に浮かぶようだった――。(僕が今年もしオリンピックが開催されたとしたら…と最も恐れていたのはそれだった)

 日本も、東京を中心に現在感染者数の数がうなぎ上りに増えている。ほんとうに数日後には感染爆発("オーバーシュート"というカタカナは実感が伴わなくてなんか使いたくない)が起こっているかもしれないが…それでもやっぱり不思議なのは、感染者数に比して重体・重篤者、そして死者の数がそれほど伸びていないことだった。このペースで感染者が伸びて行ったら、今ごろ毎日数十人単位で死者が出ていてもおかしくないのに…。それとも医療崩壊が起きれば必然的にそうなってしまうのだろうか…? やっぱりアジアとヨーロッパのウイルスは別物なのだろうか…?

 そんな時に飛び込んできたのがBCG説だった。言うまでもなくBCGは結核用の予防接種で、腕の付け根に皮膚が引き攣れたようなBCG跡(ツベルクリン反応跡)がある日本人は多かろう。この結核用のワクチンが同じく肺に炎症をもたらす新型コロナウイルスにもなんらかの作用をもたらし、重症化を防いているのではないか?との仮説のようだが、最初に申しあげた通り現在では推測でしかない。しかし帰納的にではあるがBCGの接種率とコロナウイルスの被害者数とを見比べると明らかな因果関係が見て取れ、素人目にも「何かあるのではないか」と思えてしまう。もしやこの致死率の差は、BCGを打ったか否かの違いなのではないだろうか、と。

 今まで新型コロナウイルス感染者が重症化する条件として、高齢者や糖尿病のような疾患を前から持っている人、即ち基礎体力が低下している人が言われているが、それ以外にもBCG接種したかどうかの情報をぜひ見てみたいと思う。ちなみに日本でBCG接種が法制化されたのは1951年、そして志村けんが生まれたのは1950年2月…。志村はBCGを打ってなかった可能性が高い。もし打っていたらひょっとして状況は変わっていたかもしれないと思うとつくづく残念だ。

 もちろんBCGを打っているから安全だなんて口が裂けても言えないし、感染拡大を少しでも減らすための"3密"回避は極力厳守すべきことだ。しかしこの状況の中ではいずれ感染は避けられない気がするし、ひょっとすると無症状なだけで既に感染しているということだってありうる。だから"3密"回避やマスク着用は、予防と言うよりも、自分を感染者と仮定してウイルスを周囲にまき散らすことを回避するために必要という意識を持っておいた方がいい。
 それとともに、今はむしろ感染後に重症化しないことが重要に思える。感染しても軽く済めばそれで抗体を体に得ることができる訳だし…。しかしもし、まったく意識せずに子供の頃に打たれたBCGがその一助となるのであれば…それはこのコロナ禍を救う一条の光となるかもしれない。

エイプリルフールネタかと…

 現在、全世界を席巻している新型コロナウイルスに関して僕は何も言う事が出来ない。最初のうちはそれほど重大だとは思っていなかった。しかし状況がどんどんめまぐるしく変わっていく様に追われて自分の素人考えなどは後から後から吹き飛んでしまい、今から思えばそんな浅はかな考えを持ったこと自体が恥ずかしくなるほどだ。

 幸いなことに日本は現時点ではそこまで重大な事態までは行っていない。感染者数に関しては検査数を絞っているから実態とはかけ離れている事は十分考えられるが、それでも死者・重篤患者の数を見ればヨーロッパやアメリカに比してそこまでひどい状態とは言えない。(志村けんを失った事はほんとうに断腸の思いだが)
 ただ、これもあくまで「現時点では」であって、ほんといつ取り返しのつかない状態に陥るか分からない、まさに瀬戸際の所にいることは間違いない。

 今日は4月1日、だからといってコロナ関連の嘘をつくことはそれこそ洒落にならないので控えようという動きが世界的にあったけど、まさか日本政府自らが「エイプリルフールか?」と耳を疑うような事を言いだすことになろうとは――。

 「全世帯に布マスク2枚配布」初めて聴いた時は、てっきり誰かが飛ばしたデマかと思ったよ。それがどうやら正式発表だと分かった時はおかしな話だけど気が動転した。
 今回のコロナ対策としては、全世帯に一定の現金支給だとか「お肉券」「お魚券」といった明後日の方向のものとかいろいろ言われてたけども、蓋を開けてみれば「繰り返し使えるマスク」を「1世帯2枚」ときたもんだ。
 言っちゃあなんだがいきなり思いっ切りセコくなったと言わざるを得ない。

 百歩譲って時期を逸している。これが1か月前、3月1日に言うならばそれなりにインパクトはあったろう。この頃政府はマスクについては「現在大増産しているのでじきにこの品薄状態は解消する」と明言していた。それが結局今もなお入手困難が続いている事は見ての通り。例えばこの時点で「それまでのつなぎとして布マスク2枚配布する」とか続けてたらなかなか納得のいく処置に思えたろう。そうなってたら今日の時点で「まだ品薄状態が続いているのでさらにもう2枚配布する」とか言えたんだろうな。それならまだ恰好がつく。
 しかし今になって言っても焼け石に水で、正直失笑するしかない。

 それにしてもここにきての安倍内閣の弱腰、というか事なかれ主義は目を覆わんばかりだ。各所からの警告を受けても強制的な禁止・制限処置はなんらとらず「自粛」を求めるばかり。強制的な処置を行った場合は当然それに対する損害補償が発生するので、それがしたくないばかりに"自主判断にゆだねた"自粛という形で押し通したいのだ。
 アベノミクスと言う張子の虎が破れ、積極的な協調外交も結局うやむやになり、そして今回の世界的有事の際にもなんだかんだいって一向に積極的な政策を取れない、これが安倍政権の本当の姿なのかと今さらながら落胆してしまう。

 でもなぁ、もう奇蹟でもなんでもいい。なんとかこの新型コロナウイルスの席巻が少しでも穏便に、壊滅的な事態を回避できるよう祈るしかない。

さようなら、ノムさん


 「就職お願いします!」

 今から10年余り前、楽天クライマックスシリーズのファイナルステージで敗退し初の日本シリーズ進出の希望を断たれた試合直後のインタビューで野村監督(当時)は第一声にこう言い放った。辞める気なんかさらさらないぞ、と言わんばかりの力のこもった声だった。既に成績如何に関わらずこの年を最後に監督退任が決まっていたノムさんの、これが現場での最後の姿だった。さすがにもうこれから新たに監督要請するプロ球団はないだろう、とその時にも感じていたし、実際その通りになったが、本人は最後まであきらめてはいなかったらしい。つい最近も(どこまで本気かは分からないが)今期から新たにヤクルト監督に就任した高津に対して、自らヘッドコーチ就任を志願したというからすさまじい。さすがに実現には体力的に無理はあったけど、なんか特別顧問でもなんでもいいから何らかの形で現場復帰させてあげたかったな、と今でも思う。もう一度、最後の雄姿を見てみたい、そんな気持ちが常にあった。

 僕が野球に本格的に興味を持った昭和50年代前半は、巨人の王選手が文字通り「世界のホームラン王」として次々と記録を樹立していった時期だった。一方当時のパリーグときたら今とは比べ物にならないほど冷遇されていた時代だったが――それでもパにも王に次ぐとてつもない記録男がいることだけはなにかと伝わってきた。
 しかも、その男は南海ホークスの現役選手でありながら同時に監督でもあるという。「監督とは引退した選手がなるもの」と思い込んでいた僕は、そんなことができるとはにわかには信じがたかった。しかしそれは本当で、なんとチームの正捕手・4番打者・監督という重責3役を兼ね備え、しかもそのいずれもが球界を代表する存在だという。ますます信じられなかった。
 俄然その選手――野村克也という男に興味を持ち、いつしかパリーグでは南海ホークスを応援するようになっていった。彼のプレーに接する機会は、前述のように非常に少なかったが、それでもごく稀に中継される南海戦で活躍する彼を見て、不思議な力を感じた。そのバッティングフォームは王の一歩足打法のようにキッチリと型のあるものではない。構えててもどこにも力が入っていないかのように体がやわらかく、ゆったりとしている。しかしいざスイングが始まるとその体がやわらかさを失わないままグィンと回転し、インパクトの瞬間バットが鞭のようにしなってボールを捉える。ボールはその力をまともに受けてライナーでレフトスタンドへ…。当時もう既に全盛期を過ぎていたにも関わらず、その印象は鮮烈だった。

 当時から"智将"と言われ続け、南海をほぼ毎年のように優勝争いに加わえ続けてきたが、77年にいきなり更迭(当時はなんで辞めたのか全然分からなかった)、南海を去る事に。既に42歳という年齢から言ってそのまま引退してもおかしくはないかったのに、本人は「ボロボロになるまでやる」と宣言してロッテで一選手として現役を続行、その後創立当時の西武に移籍、45歳まで現役を続けるが、さすがにこの頃は試合出場機会も激減し、南海以外のユニフォームを着てプレーする様を見た記憶はない。でも記録を見ると現役最終年、78打席しか立ってないのにホームランを4本打っている所を見ると決して長打力は衰えているとはいえないだろう。
 現役時代はONに対して自分の事を「月見草」に例えていたが、打撃三冠(本塁打数・安打数・打点)の通算記録がすべて歴代2位というのはなんともノムさんらしい。いや、1位は王と張本が分け合ってるんだから、2位独占は立派過ぎる記録というべきだろう。

 引退後は野球解説者として活躍するが、当時やはり一番印象に残っているのは「野村スコープ」だろう。画面上にストライクゾーンを映し出し、配給を予測して「ここをこう攻めれば」とリアルタイムで解説する様は、他の解説者とは一線を画す、野球をより積極的に楽しませるものだった。
 一方この頃から講演や著述も激増。当時連載していた野球時評を集めた「負けに不思議の負けなし」(朝日文庫)を読んだりすると、その内容の深さ・角度の多彩さには心底驚いた。これほど読み応えのある野球本って、他にちょっと思いつかない。

 ただ、解説者として優秀であればあるほど「実際に指揮してみてもこんなにうまくいくはずないよな」と言われてしまうのも人情。だから9年もの解説者の実績を積み上げた後に、いきなりヤクルトの監督を任されたのには驚いた。しかも――。
 また時間を戻してしまうが、僕が野球を観始めた当時、ヤクルトは「12球団唯一優勝経験のないチーム」だった。それが広岡監督の下で悲願の初優勝を遂げるも、喜びもつかの間、程なく広岡監督はフロントと衝突して辞任。その後再びヤクルトは低迷を続け、野村の前任の関根監督は、いかにも好々爺然としていて人間的に非常に好感を持てたが、監督としての能力は正直「?」だった。そこに野村が監督として乗り込んできたのだ。
 当時のヤクルト選手は、前任者との間のあまりのギャップの大きさにとまどったという。しかし野村が打ち出した「ID野球」が選手の間に浸透するにつれチームは力を増し、就任3年目に、チーム2度目となるリーグ優勝を果たす。その後ヤクルトはセリーグの強豪チームの一員になり、結局ヤクルト監督9年間の間にリーグ優勝4回、うち日本一3回は監督としての実績として充分すぎるだろう。

 監督としての評価を決定付けて、98年にヤクルトを勇退したと思ったら、いきなり阪神タイガースの監督に迎えられたのには驚いた。しかし阪神監督としての3年間――。黒歴史と言ってもいいでしょうね。当時の阪神、本当にどうしようもないチームでしたから。

 当時、阪神にまつわるこんなジョークがあった。
 「ねえ、どうして阪神はいつも6位なの?」
 「それはね、セリーグには6球団しかないからだよ」
 つまり、最下位は当然、と言う空気だったのだ。

 とにかくめちゃくちゃ弱かった。野村も立て直しに躍起になってどうにかこうにかあがいたが結果は出ずに3年連続最下位を記録して辞任に追いやられる。しかしその時のあがきはその内部で着実に実を結び始めていた。それが後任の星野監督時代になってようやく実が結び、辞任後わずか2年でリーグ優勝を果たすまでになった。

 阪神でミソをつけて、さすがにもう野村の出番はないだろう、と思ってたら今度はいつの間にかノンプロのシダックスの監督に。しかも監督就任後それまでほとんど名を知られてなかったがシダックスをいきなり優勝させちゃうというとんでもないことをやってのける。まぁこれは「プロがノンプロ行っていい気になってる」みたいな感じがあったんだけど、2005年秋、新興球団楽天の監督に就任してまたまたまたまた驚かされる。

 この頃には野村の監督としての役割みたいなのは完全に定着していた。「弱いチームを立て直して強くする」 オーケストラの指揮者の中にも"オーケストラビルダー"と呼ばれて、音楽監督になったオケを次々と立て直す能力に秀でているタイプがいたが(往年のアンタル ドラティあたりが代表格)、野村監督もまさしくそのタイプだった。有名になった「野村再生工場」も、補強もままならないチーム状況の中で、今ある戦力をどううまく使って戦うか、と智恵を絞っていくうちに必然的に生まれていったものだという。もちろんこれに関しては批判もあり、確かにこうして"再生"なった選手も活躍したのはほんの一時で終わった人も多い。一方で彼によって潰してしまった選手も少なくないのもまた事実だ。しかし目の前にいる選手の特質を見ぬき、それをなんとか生かしてチームに貢献させるようとした結果、成功も失敗もそれだけ発生してしまった、ということだろう。決して貶される事ではないと思う。
 楽天というチームは、こういっちゃ失礼だが、まさしく野村監督の腕のふるいどころがありあまったチームだった。なにせ近鉄オリックスが合併統合する中で、はじき出された選手をかき集めて作られたチームなのだ。創立当初の戦力的な差は歴然としていた。初年度はもちろん最下位。しかも「シーズン100敗するのではないか」と本気で心配されるほどの悲惨な成績だった。それほどの状態から、就任4年目で文字通り「優勝を狙えるチーム」に鍛え上げたのだ。そのやり方についてはいろいろ言う人もいるけども、この結果の前には頭を下げるしかない。その間にも山﨑武司を二冠王に"再生"し、そして"最後の教え子"とも言うべき田中将大を育成しているのだ。運命のいたずらか退任後にはまたもや星野監督が監督に就任し、結果的に星野の許楽天は優勝を果たしたので、なんだか「星野にいいところ全部もってかれちゃう」イメージがついたのは皮肉なものだ。

 楽天監督辞任後の10年、結局予想通り野球界の現場に戻る機会には恵まれなかったが、解説・講演・執筆活動は盛んに行い続け、長年の実績が花開いた不動の地位を築き上げた幸せな晩年だったと言っていいだろう。奥さんのサッチーは正直かなり問題のある人物ではあったが、ノムさんにとっては終生変わらずかけがえのない存在だったのは疑いようがなく、その点については傍から何か言うことはできないだろう。


 そして2月11日、野村克也氏、虚血性心不全のため死去。享年84歳。

 こうしてつらつら思い出して書いてみみても、ほんと野村克也という男には一体何度"驚き"を与えられたか分からない。確かにクセのある人物だし嫌われる要素も沢山あるが、その選手として・監督として築き上げてきた実績の巨大さには感嘆するしかない。
 だからこそ、楽天最後の試合後、相手チームも交えた合同の"胴上げ"なんて前代未聞の事が実現したのだ。こんなこと、もう2度とありえないだろう。
 こんな"驚き"を与え続けてくれた巨人に長く接することができたことを、幸せに思います。

 けど、本音を言うと、あともうちょっと接していたかった…。
 先ごろ金田正一が他界し、高木守道も、昨年は星野仙一にまで先立たれた。長嶋が病に倒れて久しく、王もだいぶ前に現場を離れている。僕が野球を観始めた頃に球界を代表していた名スラッガー達が、気がつくとほんと残り少なくなっていることを実感するが、その中でもノムさんの死は特に哀しい。