昔と今とで呼び方が変わった言葉

 新型コロナの蔓延によって閉塞した状況を劇的に変えてくれるかもしれないワクチン接種がいよいよ日本でも始まった。もちろん「変異種にも効くのだろうか」「順調に接種が進むのだろうか」といった懸念事項もまだまだ多いが、そんな中ニュースでもちょっと聞き慣れない言葉が飛び交うようになった。
 「副反応」だ。
 もちろんワクチン接種によって想定外の効果が出てしまい、最悪の場合アナフィラキシーショックで命の危険にさらされかねない要注意事項であることは分かるのだが、一方こう思う人もいるのではないだろうか。「あれ、これって"副作用"って言うんじゃないの?」
 ひょっとして「副作用」っていつの間にか「副反応」って呼ぶようになったのかな、と気になって僕も調べてみた。
 それで分かったのだがこの2つ、確かに「副作用」の方がよく聞く言葉だけど、これは薬、即ち治療薬において想定外の効果が出てしまう場合には「副作用」を使い、対してワクチンでの想定外の効果を「副反応」という、明確に使い分けがされていることがわかった。新型コロナに関して言えば、アビガンやレムデシビルに対しては「副作用」、今回のファイザーその他によって作られたワクチンには「副反応」が使われるのだ。

 そういえばコロナウイルスの「ウイルス」だってかつては「ビールス」っていってたよな、と思い出す。これはどちらも綴りは"virus"であり、英語での発音をカタカナで書けばむしろ"ヴァイラス"に近い。ただこれを1970年代ぐらいまではドイツ語読みに近い「ビールス」と表記していたものを、その後正式に「ウイルス」と表記するように正式決定したもので、どちらも元は同じもの、表記の揺れと言っていい。

 考えてみれば、このように「かつてはこう呼んでたのに今は別の言葉になってるな」というものがいくつも思い浮かぶ。ここしばらくつれづれにそうしたものを思いつくままメモしてきて片っ端から調べてみた。そうしたら、ある時から改称したもの・厳密には別のもの・いつの間にか変わったものといくつかのパターンが見えてきた。

 ○伝染病 ⇒ 感染症
 まずは今回の新型コロナで盛んに耳にするようになった「感染症」という言葉。これも「伝染病じゃないのか?」と以前から気になっていた。世界の歴史を遡ると、ペストやコレラ天然痘といった古典的なものから約100年前に同じようなパンデミックを起こした「スペイン風邪」まで、実に様々な伝染病の大流行が起こったことが分かる。なのに今回、「感染症」はよく聞くのに「伝染病」という言葉はとんと聞かない。これはどういうことか…。
 実はこの2つは本来の意味が異なっており、「伝染病」は「感染症」の中に含まれる。空気感染・接触感染等方法はいろいろあるにしても、"人から人に"伝染するものを「伝染病」と呼んでいる。それに対し破傷風のように人を介さずに感染する病気も存在している。そして人を介する介さないに関わらず感染して広まっていく病気の総称として「感染症」が使われているのだ。
 新型コロナウイルスは基本人から人に伝染するものだから「伝染病」と言えそうだが、ウイルスが付着した所に触った事による感染もあることから、必ずしも"人を介して"とは言い切れない。結局の所、感染経路の特定は重要だが人からのみなのかそうでないので分けるのはそれほど重要ではない、ということになって、徐々に「伝染病」という言葉は使われなくなって「感染症」で統一する気運が高まっているらしい。

 ○日射病・熱射病 ⇒ 熱中症
 実は僕が一番最初に気になったのはこれだった。
 「日射病になるから帽子かぶっていきなさい」出がけに母親からこんな言葉をかけられるのはもう夏の風物詩のようなものだった。日射病ほど一般的ではなかったが熱射病という言葉もあるのは知っていた。しかしふと気がつくといつからか熱中症という言葉が幅を利かせて日射病も熱射病もとんと聞かなくなった。なんで?と思ったけども両者は症状としてはほぼ同じであり、日射病は直射日光によるもの/熱射病はそれ以外の高温多湿によるものと不調の原因の差だけのものだった。なので両者を統合する熱中症という言葉が生まれ、2000年に統一されたのだそうだ。なので今、日射病は基本使われていない。

 ○歯槽膿漏歯周病
 歯茎がどんどん痩せてって歯を支えきれずぼろぼろになる歯槽膿漏の恐ろしさはかなり前からずっと言われてきた。しかしこれもまたいつの間にか歯周病という言葉が幅を利かせて、歯槽膿漏という言葉はあまり耳にすることがなくなっていた。
 だがこれも歯茎周りの病気の総称として「歯周病」という言葉が後から生まれたものだった。歯周ポケットに歯垢が溜まって…なんて言葉は歯ブラシのCMでお馴染みだが、これによって歯茎が炎症を起こし、最初の軽い段階は歯肉炎、それが重くなって歯周炎、さらに重度になると歯槽膿漏と呼ばれるようになり、歯槽膿漏までいったらもうちょっと取り返しのつかない状態なのはご存じの通り。で、これらの炎症を総称して「歯周病」と呼ばれる。
 おそらくは、歯槽膿漏まで行く前にも早めに治療しておくべき、という訓戒の意味も含めて「歯周病」という言葉が声高に言われるようになったのではないだろうか。

 ○精神分裂病統合失調症
 これは全く同じもの。2002年から正式に呼称の変更が決定され、その事が新聞記事になったのも憶えている。
 でもその記事を読んで「なるほどな」と納得しちゃったんだよな。なぜなら「精神分裂病」という呼び名は僕の子供の頃からけっこう、それこそ子供の会話の中でもそれなりに出て来る言葉であり、その使われ方は「○○○○」(差別用語につき伏せ字)と完全に同義語だったもんな。子供だから正確な意味なんて知りゃしない。ただそういうもんだと気軽に使ってたんだけども、まさしく「精神分裂病」=「人生終わり」といったニュアンスだった。
 しかし実際はそうではなく、それなりには治療方法もあり、治療の成果によっては社会復帰も可能なものだった。けども精神分裂病の言葉の意味は勝手に一人歩きしてしまい、そのイメージを覆すことはもはや困難な域にまで達していた。そこで病名の方を変更することで対処したということだ。
 この言葉には、子供時代とは言えあまりにも不用意に使っていたという事が後から分かって、我ながら忸怩たる思いがある。

 ○マリファナ大麻
 これも全く同じもので、厳密には「大麻草から抽出したマリファナという成分」が麻薬となっている訳なんだが、なぜか知らないが日本ではいつしかマリファナという言葉はとんと聞かれなくなって、最近はもっぱら「大麻」と呼ばれている。薬害としては麻薬の中では軽い方で、だから「むしろ煙草の方が有害だ」と声高に叫ぶ人もいて、実際使用が認可されている地域もあったりする。一方医療目的で大麻が使用される例もあり、だから日本でも「医療用大麻を認可せよ」と主張して結局大麻の栽培が発覚して捕まった元女優もいたりして――軽いからこそ却って厄介な薬物だ。いったいこの言い換えがいつ、どういう経緯で行われたかは結局分からなかった。
 なのでこれは勝手な推測なんだけど、ジャスミン茶は漢字で「茉莉花茶」と書くから、僕も何度か「え?マリファナ茶?」と誤読しそうになってしまうことがあった。これがジャスミン茶にとってはマイナスイメージの元となるから、あんまり言わないでくれ、とお茶業界からクレームが入った…とかないかな?

 ○ピンポン ⇒ 卓球
 やっぱりいつのまにかあまり使われなくなったのが「ピンポン」。もちろん卓球とは同義語で、てっきり日本だけの通り名だと思ったら、なんと「テーブルに"ピン"と跳ねてラケットで"ポン"と打つ」からピンポンという、世界共通の名前だった。でもその気軽な感じの呼び名故に軽いお遊び的なイメージがついてまわり、オリンピックでも争われるあの苛烈で激しい応酬とは相容れない、ということで競技としてはもっぱら「卓球」(英語では「テーブルテニス」)が使われて、そちらが認知されるに従って「ピンポン」の呼称はだんだん廃れていった、というものらしい。

 ○リンス ⇒ コンディショナー
 こちらは逆に、てっきり何か違いのある別物だと長いこと思い込んでいたのだが、なんと全く同じものだった。
 それも単に「リンスって名前ださくね、もっとかっこいい呼び方ないかな」という理由でコンディショナーという名前が生まれた、と聞いた時には思わず天を仰いだ。だからなんか意地でもリンスという呼び方を使い続けたくなっている。

 ○かき氷 ⇒ フラッペ(自然消滅)
 同じような意味で、なんか時代の徒花のように思えるのが「フラッペ」という言い方。要はかき氷を「もっとオシャレに呼んで流行に乗りたい」という業界の意図みたいなのが透けて見えるのだ。実際一時はそれなりにこの呼び方が広まったこともあったが、結局今は「かき氷」に戻って落ち着いている。
 個人的なイメージだけども、ガラスの器に山盛りにしてスプーンですくって食べるのが「かき氷」、紙コップに入っててストローさして食べるのが「フラッペ」のような気がする。王道はやっぱりかき氷だよ。

 ○シナチク ⇒ メンマ
 これまたふと気がつくとまったく耳にしなくなったのが「シナチク」という言い方。というか僕が子供の頃はもっぱらシナチクという言葉しかなかった。それが――「メンマ」という言葉を初めて聞いたのは確か桃屋が瓶詰めのシナチクを「メンマ」の呼称で売り出した時だった。「メンマ?シナチクだろ!」なんて勝手に叫んでいたのだが、その後「メンマ」という言葉がどんどん幅を利かせて、シナチクという言葉はどっかに行ってしまった。
 どうやらシナチク自体に罪はなく、「シナ(支那)」の名前が悪かったらしい。中国が、日本で自国のことを「シナ」と呼称することを、太平洋戦争中の蔑称であることから抗議対象としていることは知られているが、それがシナチクにも及んでしまったのだ。(でも日本には「シナ」を禁じておいて英語では相変わらず"China"が平気で使われているんだからおかしな話だ)

 ○ホットケーキ ⇒ パンケーキ
 最後に、某チコちゃんでも取り上げられたこれ。子供の頃は「ホットケーキ」しかなかったのに、いつしか「パンケーキ」なるものが幅を利かせて、ホットケーキの影がどんどん薄くなってきている。しかもこの2つ、どうみてもおんなじようなものに見えるんだよなぁ。
 チコちゃんも明確な違いを提示できなかった事からも分かるように、両者明確な違いはないらしい。ただイメージ的にはホットケーキといえば乗せるものはバターと蜂蜜と決まってたのに、パンケーキはなにやらほんと多種多彩なものを乗っけて彩り鮮やかでいかにもオシャレ。結局流行に乗れた方が主流になる、というのはいつの世でも同じなのかなぁ。

 言葉は世につれ変わっていくものだが、こうして自分が生きてきた中でも探していくと、それぞれに歴史が感じられて非常に興味深かった。他にもこういのが見つかったらいつか第2弾もやりたいもんですね。