"闇営業"そのものが問題な訳ではない

 "闇営業"と言う言葉が日本中を駆け回っている。

 もちろん吉本興業所属の一部芸人が、事務所を通さない、所謂"闇営業"で反社会的勢力の会合に出演して報酬を得、それにより解雇または謹慎処分を受けた件についてだが、あまりにこの言葉が独り歩きして使われまくっていて、この調子だと今年の新語・流行語大賞にもノミネートされそうな勢いなのだが、これで却って問題の把握が難しくなっている気がする。
 なによりもなんだか闇営業そのものが問題となっているかのごときニュアンスになっているのが非常に気にかかる。

 もちろん一般の企業の場合「アルバイト禁止」として自社社員の副収入を禁止することを明記している事は珍しくないが、だからといって今回の芸人の問題をそれと同レヴェルで考えると事の本質が見えなくなる。
 というのも今回の件で明らかになったのは「吉本興業」というお笑い芸人に於いて最大勢力を誇る事務所の営業体質の杜撰さで、そこに注目しないと見方を誤ってしまいそうなのだ。

 言うまでもなく吉本興業はお笑い芸能事務所の一番の老舗であり、今もなおその大多数の芸人が所属する一大勢力である。もちろん最近はその他様々な芸能事務所ができそちらで活躍する芸人の数も増えてきたとはいえ、「吉本かそれ以外か」でくくられかねないほど規模に差があってその優位は揺らいでいない。
 ただその中でも吉本には待遇面であまりよくない噂、要は中間搾取がすごいとの事は、芸人の間でも(さすがに冗談めかしてとはいえ)相当昔から言われ続けてきた。しかし今回の件でさらに明示された情報は耳を疑うほどのものだった。

 今回の件で取りざたされているのは以下の3件。
1.出演料の取り分は、会社9で芸人1。すなわち芸人は出演料の1割しか受け取れない。
 前述のように中間搾取のことは言われてても、具体的な数字が出てきたのは今回が初めてだった。にしても1割とは…。もっともこれは芸人の格に寄っても違っており、人気芸人になるにつれて掌返すように優遇されるとも聞くが。

2.芸人との契約に関して、明確な契約書が存在しない。
 一番信じがたかったのがこれだった。これって口約束ってこと? 「吉本芸人」を名乗る人は沢山いるが、実際は誰一人として明確に契約していないんじゃ…。じゃあ「吉本芸人」の定義っていったいなんなんだ?

3.芸人の数に対してマネージャーの数が絶対的に足りず、手が回らずにほっとかれている芸人が沢山いる。
 芸人にとって一番かわいそうなのはこれかも。芸人は金をとってくるがマネージャーは経費でしかないからなるべく削ろうとしているのかもしないが、そもそもこれって運営会社としての体を成していないんじゃないか…。

 報道されたこれらの情報が真実だとしたら、吉本っていったいなんなんだ?それでまともな会社と言えるのか?と言いたくなる。ちゃんとした契約もせず、所属しているのにほっとかれ、たまに仕事があってもほとんどを会社に持っていかれ…。吉本って、お笑い芸人の口入れ屋かなにかじゃないのかと言いたくなってくる。そりゃ人気・実力が伴わなけりゃ箸にも棒にもかからないシビアな世界とはいえ、芸人を単なる「金を稼いでくる駒」扱いしてると言われても反論できないだろう。

 そんなだから、潤沢に仕事のある一握りの芸人を除き、ほとんどの人は事務所をあてにできずに自分で生活費を稼ぐしかない。バイトに明け暮れる芸人は珍しくないが、どうせならば本業で金を稼ぎたいと思わない人はいないだろう。そんな人たちにとって蜘蛛の糸のような存在が――事務所を通さず、直接依頼者からイヴェント等の出演を請われる"闇営業"だったことは想像に難くない。なにしろ出演料をまるごと、それもおそらくはとっぱらいでもらえるのだ。貴重な現金収入としてそれで糊口をしのいでいたのだろうと思うとちょっと涙が出てくる。
 もちろん吉本としては自分の子飼いの芸人が事務所を通さずに仕事をするのは面白くない。しかしとてもじゃないが吉本自体、それに文句を言えるような筋合いじゃなかった。なにせちゃんとマネージメントしようにも手が足りなすぎるし、またその気もなかったのだから。結果的に吉本も闇営業自体は黙認し、あまりに目立つことをしない範囲だったら何も言わなかった。

 だから芸人が闇営業に走る背景は待遇面・契約面・運営面すべての点において芸人をないがしろにしてきた吉本自体にそもそもの原因があり、それが分かっていながらも改善する気がさらさらなかったことに問題の根幹がある。芸人世界の昔ながらの慣習か何か知らないが、それは現在の日本社会においてはとてもじゃないが通用するものではない。結果芸人の闇営業が横行しつつもなぁなぁに済ませてしまう商習慣が長い事定着してしまっていた。それが今回の事件の温床につながっている。

 古来お笑い界はその土地その土地の"実力者"を取り込まなければやっていけなかった、それ故にどうしてもその手の勢力とつながりやすいという背景があったと聞いているが、現代はさすがにあからさまなつながりはほぼなくなってきた(と信じたい)。会社としてコンプライアンスが常に取りざたされる現在、そうしたつながりが露見したら最後、社会的生命を失う事にもなりかねない。だからこそ吉本も最近はそういった勢力との接触を絶とうとしていたらしいが、そのしわ寄せは結局闇営業に行ってしまっていただけだった。事務所を通しての仕事だったら反社会的勢力から距離を置くノウハウの蓄積があっただろうが、個々人の芸人にはそこまでの判断はできない。結局正規の道を絶たれたその分、闇営業の芸人に直接当たる事が増えていくことになっていた。

 なんのことはない、吉本は自分で自分の首を絞めていたようなものだ。総勢6000人もの芸人を抱えていると豪語しつつもその管理もマネージメントも怠っていたツケがすべて今回ってきている。今回謹慎に追い込まれた芸人の中には重要な稼ぎ頭も数人含まれていたが、それによりレギュラーの出演番組がすべてお蔵入りやら再編集やら、最悪番組自が体存続の危機に追い込まれておりその被害総額は相当なものになるだろう。普通ならばそれら被害額はいったん事務所が肩代わりしてその後問題を起こした本人に事務所から請求する――というのだと、これまた最近不祥事を起こした某人気役者に関する報道で知った事だが、今回吉本が肩代わりするだろう被害額を本人に請求できるかどうかすら疑わしい。なぜなら、本人が吉本と契約したという書類が存在しないのだから。罰則規定もなにもないだろう。

 現在吉本はその6000人もの所属(?)芸人全員に対して、所謂反社会的勢力とのつながりがないかを面談して根絶の徹底化を目指すと言っているが、芸人の方に責任を持たせようというそのやり方自体に「違うだろ」と言いたくなる。闇営業自体、吉本側が黙認してる以上それを責めることはできない。しかし結果的に闇営業がすべての温床となってしまった以上その根絶こそが急務であり、それなくしては今までの分も、これからも、同様の事が発覚するリスクはなくらない。そのためには吉本側が芸人に「するな」と言うのではなく、吉本自体が芸人に闇営業をしなくて済むようその体制を改めるのが先だろう。上記3点、待遇面の改善・契約の明文化・マネージメント力の抜本的見直しだ。これによって吉本の利益率が急激に悪化することは避けられないだろうが、このままではいつしか吉本”帝国”の屋台骨を揺るがすような大事件が発覚する可能性が、明日にも起こるかもしれなのだ。

 

 【7月21日追記】

 その後のこの問題に展開については、僕が思い描いた方向とは真逆の方向にどんどん進んでいた。吉本の上層部はこの期に及んでも尚、今後とも今の方針を変える必要はないと突っぱねたのだ。契約問題も「商法上問題ない」と言い切り、おそらくマネージメント問題も待遇問題も、今のまんま、何かあれば芸人を切り捨てて会社の存続を図る方向で押し切ろうとしていて、僕は強い失望感を味わっていた。ちょうどそのさなかにジャニーズ事務所に対し、旧SMAP3人の地上波出演に対して民放TV曲に圧力をかけていた、として注意が入る(NHK観ていていきなりニュース速報が入ったのには驚いた)ということがあり、吉本に対してもなんらかの行政指導が入るべきではないか?なんてことを考えたりしてた。

 それが昨日、にわかに方向性が変わってきた。
 今回の問題の一番の当事者となっていた宮迫と田村亮が独自に記者会見を開き、謝罪と共に今までの経緯をかなり詳細に語ったのだ。その内容は目を瞠った。これが真実とすれば吉本はあまりにひどすぎ、芸人の多くを擁するその権力をかさに、言語道断のパワハラを行っていたのだ。いや、ここまでとはいくらなんでも思ってもみなかった。

 これにより、非難の方向性は一転吉本興業そのものに向かった。宮迫・田村両氏はこれまでの対応のまずさは確かにあったものの、そのまずさの原因は事件そのものをなんとかして封印して風化を図った吉本自信にあり、今回吉本解雇を背景にすべてをぶちまけるに至った2人の誠意は少なくとも十分に伝わった。

 吉本は今こそ劇的に変わらなければならないし、また変わるチャンスだ。ここにきて尚既得権益にこだわり「ピンチをチャンスに変える」大改革を行わない限り、芸人からの信用を失って埋没していくだろう。
 少なくとも所属芸人全員に対して契約書の締結・契約内容の明文化を行う事、それだけは早急に行わなければならないだろう。