史上空前のM-1

 お笑いは好きでよく観ているが、その中でも特に楽しみにしているのは毎年12月に行われているM-1グランプリ(TV朝日)だ。この成功を受けて各局が次々とR-1グランプリ(フジTV)・キングオブコント(TBS)・The W(日本TV)といった年1回のお笑い大会を立ち上げたが、やはり最も見応えがあるのはM-1に他ならない。この日ばかりは万難を排してTVの前に待機し、毎年リアルタイムで視聴することになる。

 そして今回、今年は初めてその前の敗者復活戦から観ることになった。理由は明確。直近4年連続決勝進出・3年連続準優勝となった和牛がまさかの準決勝敗退で決勝に残れず、後はこの敗者復活戦を勝ち上がるしかなくなったからだ。しかも今年の敗者復活戦、他にも何度も決勝に進出し今や人気者の兄弟漫才ミキや、昨年の決勝で衝撃のナンセンス漫才を披露して強烈な爪痕を残したトムブラウン、最近妙に人気が出てきた四千頭身といった気になる顔ぶれがぞろぞろ。一方決勝に残った方が――よく知ってるのは かまいたち ぐらい。後は…ほとんどが初登場組で、初めて聞く名前ばかりが並んでいる。海のものとも山のものとも分からず、正直どうなる事かまったく分からなかった。

 実際、毎年楽しみに観ているが、決勝に残った漫才師のネタを観ていてもレヴェルはまちまちで、正直「なんでこれが決勝に残った?」と首をかしげざるを得ない芸人も少なくない。毎年この決勝で初めて観る人も多く、その中からその後人気者になるものもいるが、ここで観たのが最初で最後、というのも多い。例えば数年前の決勝で初めて観たメイプル超合金、彼らは非常に強烈なインパクトを観る者に与え、その後2人とも、特にカズレーザーはTVで観ない日はないというほどの売れっ子になったが、その時披露したネタは、正直"ビミョー"としか言いようのないものだった。決勝に全然知らないコンビばかり残り、むしろ敗者復活にその実力を知る顔ぶれが揃っている。敗者復活の方が実質決勝になるんじゃなかろうかと言うぐらいの当初予想だったのだ。

 しかしその予想は――嬉しいことにいい意味で覆った。全く未知数な顔ぶれだったこの決勝が、史上稀に見るハイレヴェルな戦いとなって嬉しい悲鳴を上げるほどだったのだ。「なんでこんなのが無名なんだ?」といつもとは逆の疑問が湧き出るほど、新しい個性・新しい切り口のネタを見せてくれるコンビが次々と出てきたのだ。
 まぁ1組目はイマイチだったので「またこの流れか」と予想通りだったのだが、2組目に常連かつラストチャンスの かまいたち が登場。漫才冒頭に出てきたちょっとした言い間違い(USJとUFJ)を徹底的にツッコんで捻じ曲げていき、圧巻の話芸でステージを盛り上げてくれた。このボケが決して間違いを認めず、ツッコミを凌駕するほどの口八丁で場を制していき、終いには「ひょっとしてこっちの方が間違ってんじゃ…」と常識を捻じ曲げるほどの力感はすごい。その練り上げられた話芸におそらくはラストイヤーの気迫がひしひしと感じられ、「さすが」と思わせた。圧倒的高得点で暫定1位に座ったのも納得の出来だった。

 続く3組目に早くも敗者復活枠が登場。以前「敗者復活有利」と風評が立ち、その後敗者復活枠の条件がどんどん厳しくなっていったが、今回はそれが極まった感がある。なにせ今回は決勝戦会場の建物のすぐ脇に敗者復活会場を設置、演者を決める「笑神籤」で敗者復活が引かれたその時になってから敗者復活の結果を発表、勝者は間髪入れずにすぐ隣のスタジオに移動してネタを披露しなければならないのだ。以前ならば勝ち抜いてから決勝会場に移動するまでの時間を利用して最低限ネタ合わせぐらいはできたが、今回はそんな暇(いとま)もまったくない。寒い屋外で長い事宙ぶらりんのまんま待たされた挙句、勝ち抜いた喜びを噛みしめることなく決勝の舞台に立たざるを得ないのだ。
 いくらなんでも非情じゃなかろうかと思うが、これが決勝に残れなかった者へのハンデということなのだろう。そして敗者復活枠を制したのは――やはり和牛だった。これはやはり納得の結果であり、敗者復活枠の面々(昨年衝撃を与えたトムブラウンは、あの時が最大瞬間風速だったのかな…と期待してただけにちょっと残念だった)の中では群を抜いていた。そして上がった決勝の舞台。披露したネタが敗者復活戦と同じだったのは、この条件ではしかたないことなのだろう。むしろさらに精度を上げて、持ち味である巧みな話芸で畳みかけてきたのはさすがと言う他はない。かまいたちには及ばないものの非常に高い得点を挙げ、この時点でこの2組が群を抜いた高得点で1・2位を独占。まだ序盤とはいえ、この2人を追い抜くのはおそらく難しいだろうとこの時は思った。

 ところがここからがすごかった。次の演者は すゑひろがりず。控室に「なんか知らんけど昔の三河万歳みたいな格好しているのがいる」と妙に気になっていたのだが、扇子と鼓を使って今風のネタを昔の言葉を駆使して巧みに笑いのツボを突き、その古そうで新しい掛け合いは新鮮この上ない。あっさり上位2組に続く3位に食い込んだ。しかしこの2人、新しいのに同時になにか懐かしさを感じる。そう、彼らの口調は海老一染之助染太郎を思い出させるのだ。この2人はもういないし、今度の正月、この2人の芸をまた観たいな、あちこちで呼んでくれないかな、そんなことを考えてしまう。

 しかし順番が進む先にとんでもない爆弾が待ち受けていた。その名はミルクボーイ。まったく初めて聞く名前であり、片方が角刈りと昭和なために一見昔風なしゃべくり漫才に最初は思った。ひとつのフレーズを延々と繰り返して次第にエスカレートしていくというのも昭和の漫才でよく見たパターンだけども、コーンフレークをネタに延々といじりまわしてどんどん盛り上げていき、なんかわからんうちにもう異次元レヴェルの大爆笑を生み出していった。なんだろう、一見古そうで実は新しかったという意味では すゑひろがりず と同じだが、これをなんと言っていいのか言葉が見つからない。ツッコミが突っ込み続けていくうちに「実はこっちの方がボケなんじゃ?」と自分の感覚がおかしくなっていくような感覚だった。今年TVで漫才を披露するのはこれが初めて、という無名にこんな逸材が隠れていたとは――まさしく驚嘆としか言いようがない。なんとM-1史上最高得点をたたき出してダントツの1位に躍り出た。

 そのすぐ次に出たオズワルドはすごいやりにくかっただろう。しかしこれまた無関係なものを無理矢理結びつけてぐちゃぐちゃにするようなネタを展開していて亜空間に投げ出されるような笑いに陥れ、こちらも感嘆した。
 この頃になるともう「今年のM-1はすごい」と言うことは疑いようがなかった。無名のコンビだらけだけでどうなることやらと不安になった当初予想は吹き飛び、全国から無名ながらも逸材をより集めて斬新なネタを次々と披露している。敗者復活枠の方にいいのが揃ってるなんて思ったのはとんだお門違い。彼らは皆これら無名の逸材に文字通り蹴落とされたのだ、と。オズワルドの得点は残念ながら和牛に一歩届かずに涙を飲んだが、しっかり爪跡を残したと思う。
 しかし同時にほっとしている自分がいる。この時点で1位ミルクボーイ、2位かまいたち、3位和牛と和牛が最終決戦通過ギリギリのラインに立っていた。個人的には和牛に今年こそ優勝してほしい。それも敗者復活からの劇的な逆転劇と言う最高のシナリオで、と思っていたからだ。けどこの調子では和牛の3位通過は風前の灯、もうこの次には2人を蹴落とす逸材が出てくるかもしれなかった。

 その後も決して悪くはないが及ばないコンビが続く。これならなんとか…と思ったその時、ラスト10組目に ぺこぱ が登場。しょうもないボケに対してツッコミが
一旦はツッコもうとするものの次の瞬間思い直してボケを認めてしまう、という見た事もないパターンを生み出し(番組内で「のりツッコまない」と評されていた)、その新たな角度(そのツッコミのタイプは霜降り明星粗品をちょっと彷彿させたがやっぱり違う)から斬新な笑いを生み出してまた他とは明らかに違った不思議な空間を生み出していった。観終わった途端「やばい!」と思った予感は的中。遂に和牛を2点上回り3位に食い込む。こうして和牛は今年も優勝は――というかラスト3組に残る事もなく敗退が決定してしまった。その時のインタビューで、水田が平静を装っていながら涙目になっていたのは、偽らざる心境を表わしていたんだと思う。


 そして最終決戦。3組とも自分の持ち味・特徴を生かしたネタを披露した。特に彗星の如く現れて決勝戦のすべてをかっさらったミルクボーイに注目が集まるが、今度はコーンフレークをモナカに置き換えたネタを披露。同じパターンのネタにどう評価が下るか、と思ったが、間の小ネタはすっかり入れ替わっていて「同じ器に違う料理を並べた」感じになっており、パターンが分かっているだけに笑いのツボがとらえやすく、先ほどに負けず劣らずの爆笑を誘う。結果は――圧倒的な票数を集めてミルクボーイが勝利した。いや、この評価は文句ないと思う。終わってみれば今回のM-1はミルクボーイのためにあったようなものだ。まさしく彗星の如く登場した新スターだ。もし和牛が3位に残ったとしても、この場を完全に制していたミルクボーイには到底太刀打ちできず、4年連続準優勝に終わるだけだったと思う。

 それにしてもほんと今回は今までと段違いのレヴェルの高い大会であり、最後までまったく目が離せなかった。もし昨年の覇者:霜降り明星が今大会に出ていたら、おそらく最終3組に残る事は正直難しかったと思う。まさしく「史上空前のM-1」と言っていい。そして今年の大会が「絶後」でない事を切に祈ってやまない。

 最後に――今回思ったのだが、和牛はもうM-1は卒業した方がいい。今回のネタも話芸もトップクラスだったと思う。ただ、和牛は和牛というだけでその世界が浸透されてしまい、この怒涛の新星ラッシュの中にいるとそれ故に(実力以外で)目立たなくなってしまっていた。昨年の霜降り明星・今年のミルクボーイを観ても分かるように、一発勝負の大会では実力の他に、大会の場を制し、その勢いに乗ったことによって結果が左右されることは防ぎようがない。(そしてその勢いに乗る事も芸人としての才能のうちなのだろう) 昨年、和牛は"3年連続準優勝"という名誉なんだか不名誉なんだか分からない称号を得て、「今年こそは」といろいろ模索していたようだが、それにより却って迷走していた時があったように思う。これ以上M-1にこだわり続けたら――今度は和牛が自分の世界を自ら壊して自滅してしまうリスクすら出てきたように感じる。それよりも、和牛は今までの練り上げられた路線をしっかり磨いていってほしい。そう、見渡せば偉大なる先人がいるではないか。かつてナイツはどうしてもM-1で優勝することができなかった。しかしそれでも腐ることなく自らの腕を磨き続け、今まさしく孤高の存在として君臨し、優勝経験がないにも関わらず塙はM-1に審査員として登場している。和牛はこれから、M-1勝者よりも「第2のナイツ」を目指してほしい。それだけの実力があるし、これは名誉ある撤退だと思う。