「芸能人格付けチェック」 音楽編考

 「芸能人格付けチェック」(TV朝日)。実はこの番組、ここ数年元日の楽しみになっている。毎回出される問題はすべて2択(稀にに3択)で、すべて「どっちが高いか」のシンプルなもの。しかしその見極めは難しい。いつもよくTVに出てくる芸能人だって、もちろんなんらか光るところがあるからこそ求められているわけだろうが、ある特定のジャンルにおいて詳しいとは限らないし、もっともらしい事を言っても思い切り間違えてしまう事も多々ある。それらリアクションをひっくるめて毎回外れなく楽しめる番組だからこそ人気番組になっているのだが、時にはこちら(視聴者)も対岸の火事と気楽に観られない問題もある。

 問題は大きく「食関連」と「芸術関連」の2つのジャンルに分けられ、前者「食関連」はこちらには正解が分かりようがない。回答者が食べている口の中の味など想像し様がないからだ。だからこそこちらは気楽に、回答者のリアクションを楽しんでいられる。
 しかし「芸術関連」の問題は一応その芸術作品がブラウン管(古い?)を通してとはいえこちらに提示され、視聴者も正解を考えることができてしまうのだ。それらは絵画・陶器・盆栽・生け花・映像作品といった多彩なジャンルから取られるが、それらはまぁこちとらもさして詳しい訳ではないから無責任に回答できる。しかし毎回楽器に関する問題が出されることが恒例になっており、それについては内心穏やかではいられない。
 そりゃこっちだって音楽のプロってわけじゃないが、それでもクラシック音楽を聴き続けて幾星霜、それなりに見識やこだわりも持ち合わせている(つもりだ)。なのでアマチュアながらもちょっとしたプライドが心のうちに組み上がってしまっている。TVの前でいくら間違えたって別に恥になんか何にもないはずなのに、間違えるとそのいらぬプライドが"沽券にかかわる"ような妙な気持ちになってしまう。

 いや実際白状すると、この音楽問題、毎年よく間違えるんだ。毎回出題のパターンとしては決まっていて、ヴァイオリンならヴァイオリンというひとつの楽器を、片方は最高級品、もうひとつは初心者用の安い奴と2つ揃えて、同じ奏者が同じ曲を弾き比べてどちらが最高級品かを聴き分けるというもの。聴き比べて違いは分かる。だがどちらがいいものか、は…。自分なりの考えで、いい楽器はこういう風な音になるんじゃないかというイメージがあり、それに従って選ぶとかなりの確率で安い方を引いてしまう。そんなことを続けたもんだから段々疑心暗鬼になり、「僕的にはこっちの方がいいように思うんだけど、案外そうじゃない方かも…」ともう一つの方を選んでみて、そういう時に限って最初にいいと思った方が正解だったり――そんなことを毎年繰り返していた。結局の所、確たる自信を持って判断できないからこそこういう羽目に陥ってしまうのだ。
 もちろんそういう時は「こんなTVのスピーカーを通してるから分からないんだよ。生で聴けば絶対分かる」と心の中でうそぶくのだが、普段このスピーカーからN響定期やらウィーンフィルやらの放送を聴いて楽しみ、あーだこーだ感想を言っているんだから、それと条件は同じ。「あのぶどうはすっぱいに違いない」というのとなんら変わりはないのは内心重々承知の上、そういうのもすべてひっくるめてこの番組を楽しんでいた。

 この番組、以前は文字通り元日だけの放送で文字通り「年1回のお楽しみ」だったのだが、最近なんか秋口にも特番が放送されるようになった。もっとも趣向は違い、当初はマナー問題とかがが出てあんまり面白くなかったのだが、今年はなんとこれら音楽問題だけが出される3時間特番が放送されたのだ。
 これは――観ない訳にはいくまい、と録画までして全編じっくりと聴き、判断することにした。

 第1問はヴァイオリン。もう毎年必ず出題される題材だが、例によって最高級品の方はおなじみストラディヴァリウス。そしてもう1方は――100万円相当のヴァイオリンだという。
 おいおい、とまずツッコみたくなる。いつもは初心者用なのに、100万円相当ってヴァイオリンでも決して安い部類じゃあるまい。必ずしも悪い楽器とは言えないだろう。プロならともかく、アマチュアでそのクラスを使っている人はそれなりに限られるはずだ。それに――前から感じていたのだが、楽器は違えど同じ奏者が連続して演奏するというのが大きい。やはり楽器は違っても同じ人が弾けば目指す音のイメージというのは同じで、結果としてけっこう似た傾向の音になりがちなのだ。
 ちょっと話が横道にそれるが、ストラディヴァリウスと並び称される銘器にグヮルネリウスがある。こちらも世界的名手が何人も愛用しているが、グヮルネリ弾き(鄭京和・前橋汀子五島みどりなど)の音を並べて思い描いてみると、ストラド弾きとは違った傾向が見えてくる。伸びやかなストラドに比べて何とも重渋い響きがするのだ。僕はこれがグヮルネリウスという楽器の特徴だと思っていた。しかし先日TVでストラディヴァリウスとグヮルネリウスの両方を所持して曲により使い分けているという何ともうらやましい奏者が出演していた。この時はブラームスの協奏曲をまずグヮルネリウスで、アンコールではストラディヴァリウスに持ち替えてバッハを演奏したのだが、その時も、確かに音色の傾向の違いは感じたが、普段「ストラド弾き」「グヮルネリ弾き」のイメージするような明確といっていいほどの違いは伺えなかった。やはりグヮルネリ弾きに対して僕が感じていたイメージと言うのは、その楽器を長年鳴らし続けていくうちに、その奏者が徐々に育んでいった音色が結果的にそう感じさせていただけなのかもしれない。それほどに、奏者が紡ぎだす響きのイメージと言うのは楽器の違いに関わらず大きくその音色を左右するのだと思う。
 さらに付け加えるならば、この問題の楽器、どちらもその奏者が普段弾いている楽器ではないというのも大きい要素だ。ストラディヴァリウスなんてそうそう出回るものではないから、収録に際してスタッフがその日だけ借り受けて、奏者も収録当日に初めて触ったと考えるのが妥当だろう。いくら銘器だからといって手にしていきなりそのパフォーマンスを引き出せるとは限らないし、むしろ銘器だからこそ独特の癖があり、それを使いこなすにはプロと言えども当日いきなりはきついのではなかろうか。却って初心者向けの楽器の方が容易に使いこなせ、結果的にこちらの方がいいパフォーマンスを出せた、ということは十分考えられる。だからこの問題、銘器だからといって必ずしもいい演奏ができるとは限らない、うん、そうだ。そうに違いない。
 ――と言い訳めいたことを長々と書いてしまいましたが…。結果は――そう、思い切り間違えました(爆)。

 第2問はピアノ問題。一方はスタインウェイの最高級品。もう一方はタケモトピアノの倉庫の奥に眠っていたという中古品。これも「古い中古」というだけでメーカー名は触れられなかったから、「実は掘り出し物で…」という可能性も無きにしも非ずだなぁ、なんて思っていたけども、これは意外にも容易に聴き分けられた。もちろんピアノも奏者のタッチによってずいぶん音色が変わってくることは承知しているが、逆にピアノの場合、同じ奏者が同じタッチで弾くと、楽器本来の特色がストレートに出てくるのではないか?と思えた。もう片方に比べて明らかに響きが立体的だ、と思った方を選んだらそれが正解だった。

 第3問は管楽器。僕がやっているクラリネットこそ出なかったが、それこそ奏者の音色イメージによって響きがかなり影響を与えることは重々承知しているジャンルだ。これは3択で、高級品・初心者用・そして最後に「絶対アカン」枠としてプラスティック製の楽器が登場したが、管楽器の場合材質で決定的な音色の差は起きないし、これまた奏者のイメージする音色にかなり左右されやすいことは経験的に承知している。だからプラスティックだからと悪い結果が出るとは必ずしも言えないだろう。回答者グループごとに4種類の楽器が次々と演奏されたが、最初にクラと同じくシングルリード楽器であるサックスが登場したのが幸いした。かすかな違いを感じ取り「これだな」と思えるものが存在し、それが正解だったのだから。続いてトランペット・トロンボーン・フルートと続いたが、特に金管楽器の場合言い当てられたかどうかはかなり怪しいものだった。だから当てられたのはほんの偶然に過ぎない。

 4問めは合唱。片やプロの合唱団、片やアマチュア合唱団の比較だが、後者も音大OB、即ち正式に声楽を学んだ人たちの集団だというから基本的な発声そのものは悪くなかったと思う。後はマスとしての響き、一体となって響きあっているかどうかに差が感じられたので当てられたが、要は団体としての練度の差、それだけだったと思う。

 5問めの邦楽器はもう何が良いのかその基準が全く分からない。尺八の音も素直に音が出る方がいいのか、それともなんかタメがある方がいいのか、判断しようがないのだ。これはもうあてずっぽでたまたま選んだ方が正解だったが、もうヤマ勘と言っていい。なんにも褒められたもんではなかったな。

 6問め最終問題は三重奏(ピアノ・ヴァイオリン・チェロ)。ピアノとヴァイオリンは1問め・2問めと同じ楽器・同じ奏者でチェロだけ新たに加わったが、今回の問題の場合、楽器だけでなく奏者もすべて入れ替え、高い楽器の方は国際的に活躍しているプロ、安い楽器の方は音大生3人で構成されていたのだ。これは楽器以上に奏者の実力の差がはっきりと出ていた。後者の弦楽器はどちらも明らかに楽器が鳴りきってないし、逆にプロの方は響きはもちろんのこと、音のエッヂの効かせ方が実にくっきりとして、なんというか曲の音像が明確になっている。ここまでくるともう間違えようがない、と自信を持って選ぶことができ、実際それが正解だった。

 と言う訳で終わってみれば今回はヴァイオリン以外は当てられたものの、本当に明確に自信を持って答えられた、となると半分ほどしかなかった。そして改めて考察してみるとこのクイズの持つ、一見単純に見えていろんな要素が積み重なっている様が見えてきた。だからなんだか「当てられなくてもしょうがないよな」とも思えてきたのだが、それでもむしろ今、それを乗り越えてでも正解したい気がむくむくと心に湧きあがってくるのだ。