レジェールリード 不都合な真実

 これまで4回に渡って自分がレジェールリードを使ってみた経緯や雑感を書いてきたが、前回「レジェールリードと合理主義」でけっこうレジェール万歳的なニュアンスだったので、これで終わってしまうのもなにかと思い、最後にレジェールリードについて気付いたマイナス面をまとめてみたい。
 なお、言うまでもないが、これらは自分が吹いてみて実感した、あくまで個人の印象に基づくものですので、その点はご留意ください。

 1.「寿命は半永久的」なんてことはない。
 繰り返しになるがレジェールリードの一番のウリとして「へたらない」というのがある。ケーンのリードは吹いていくさ中にもどんどん唾を吸って変質していくのは避けようがないし、その変質がリードの寿命を縮めているのは確かだ。レジェールなら最初から水分が浸み込まないので、吹きはじめに口に含んで湿らす必要もなければ吹いている間に変化することもない。結果的に安定していて長寿命である。
 それは確かにそうなのだが、時折「寿命は半永久的」なんて記述があったりするのを見ると「それは違うだろ」と言いたくなる。言ってみればこの唾を吸いこむことによる変化がないだけで、それ以外の物理的な摩耗は同じようにあるのではないだろうか。考えてみれば、リードよりはるかに硬くて大きいマウスピースだって年単位で使っていれば徐々にすり減って変質してきてしまうのだ。それよりはるかに薄く、しかも直に振動するリードが無傷で済むと考える方がおかしい。実際吹いているうちに徐々に変形してくるようだし、それによって吹き心地も変化してくる。この変化により、使っているうちになんだかリードが"馴染む"ような感覚があり、一層吹きやすくなったりもするのだが、このような変化があること自体、レジェールが"不変"ではない証拠と言えるだろう。当然吹くのに不向きなほどに変形したら、それはそのリードの寿命ということだ。聞いた話だが、プロの人が使った場合(毎日何時間も吹き続けるぐらいの使用頻度)、だいたい3ヵ月程度で「あれ?」となって、そこで寿命だそうだ。使い方によって寿命は変わってくるので一概にはいえないが、ケーンよりだいぶ長いとはいえ、いつまでも1枚のリードで使い通せるとは思わない方がいい。
 それにレジェールリードの先端は薄い事もあって物理的衝撃にけっこう弱い。僕も不注意で「やっちまった」事があるが、ケーンのリードの場合割れ目や裂け目ができたりするけども、レジェールは「折れ目」ができてしまうのだ。当然その一瞬で寿命だし、これはこれでけっこう悲しいものがある。

 2.唾の多い人は注意
 「リードが唾を吸わない」ことに対し一方では弊害もあったりする。リードが吸わない分、出た唾は管内にすべて溜まっていくのだ。それにどうだろう、ケーンのリードに慣れているからか、舌に触れるその感触に違和感があるせいか、吹いていてこれまでよりも唾の量が増えているような気がするのだ。結果的に今まで以上唾が溜まりやすくなってしまう。それもマウスピース内に溜まってしまい、音がずるずるになってしまうことがけっこうある。(そしてリードが半透明なだけに、内側に溜まった唾が白く写って見えるのがなんとも…) タンポに唾が溜まった場合、咄嗟に息を吹きかけて飛ばすという応急処置があるが、マウスピース内に溜まると一旦リードを外さない限り対処の使用がない…。特にレジェールを吹き始めて最初のうちは唾に難渋することが多いだろう。

 3.「工業製品だから均質」かと思いきや…
 これもレジェールの謳い文句として目にするし、僕も当初はそうだと思ってきた。しかし試奏してみると分かるが、やはり個体差はある、としか言いようがない。レジェールリードを見つめると内部に縞模様や網目模様浮き出てきて、種類によってその模様に違いがあるのだが、その模様も間隔等が1枚1枚差異があり、妙に筋に隙間が開いてるものや目の詰まったものがある。そして吹いてみると、硬さは大差ないが腰の強さにはかなりのバラつきがあるようなのだ。この模様と腰の強さに因果関係があるのかどうかまではまだちょっと見極められていないが、中にはどうにも納得のいかない、所謂"はずれ"リードも存在する。レジェールは総じて腰が弱いので、その中からいいものを選ぶのは重要なことで、その意味で試奏は必須だと思う。
 ただこれも言い方を変えれば、複数の中から自分の好みの腰の強さのリードを選べるということであり、この程度の多様性は喜ぶべき事なのかもしれない。

 4.ケーンと同じ音は出ない
 当初は正直箸にも棒にもかからなかったレジェールリードも、シグネチャー以降は音色や吹き心地が大幅に改善され、ヨーロピアンシグネチャーはさらにレスポンスも格段に向上した。とはいえ――ケーンと音が近づいたか、というと、そうとは言えないと思う。ケーンとレジェールとの間には、音の方向性にやはり違いがあるように感じられるのだ。だから「俺はケーンの音が好きなんだ」という人にはレジェールは勧められない。
 ただ「違う」とは言えるけどもレジェールの音が「悪い」とは今や言えないと思う。レジェールに合ったマウスピースと組み合わせることは必要だが、探せば「音がまろやかで」「低音から高音まで安定して鳴り」「レスポンスもよく」「しかも長寿命」というリードが存在する。うまく嵌れば、レジェールの音はケーンよりもむしろ雑味のない丸みを帯びた音が出せるみたいなのだ。その音はどちらかというとベームクラリネットよりもエーラー式クラリネットと相性がいいようで、ベルリンフィルウィーンフィルでレジェールが広まった訳もそんなところにも理由があるような気がする。あくまでも可能性だが、レジェールをはじめとする人工リードは、天然ものであるケーンの欠点を将来すべて克服し、新たな音を作り出せるかもしれない。そう、弦楽器でもガット弦が使われていたものがナイロン弦にとって替えられたみたいに。(もちろんそうなったとしてもガット弦同様ケーンのリードを使い続ける人は決してなくならないとは思うが)

 5.もう後戻りはできない
 何度も繰り返すがレジェールの一番の特長は長時間の使用に耐える安定性にある。その上に成り立った吹き方そのものの因果関係を突き詰めて吹奏そのものを純粋に見直すことができる、というのは前回「レジェールリードと合理主義」で書いた通りだが、これをずっとやっているうちにいつしか「レジェールリードの吹き方」になっていき、以前ケーンのリードでやっていた吹き方とは別のものになっていくようなのだ。その結果――今、ケーンのリードを久々につけて吹こうとすると、音がスカッとして「あれっ?」となってしまう。あえて吹こうとすると、それまでと違った力使いが必要になって、久しぶりだからうまくいかず…。いつしか自分の吹き方がレジェール仕様になっていることに嫌でも気づかされる。
 逆にケーンの力使いでレジェールを吹くと音が「ピヤーッ」となってしまい…。結局の所やはりレジェールはケーンのリードとは別物であり、その吹き方自体を調整していく必要があり、レジェールの吹き方が身につけばつくほどケーンのリードは吹けなくなっていく。結局レジェールを選択した以上、後戻りはできないのだ。
 これは僕が不器用だから余計にそうなのかもしれないが、でもまわりのレジェール使用者に聞いてもけっこうそういうものらしく、器用に使い分けている人は少ない。

 以上、自分が体験してきていろいろ思ってきたことを書き連ねてきました。まぁ現在の自分はそういったことをひっくるめてなおレジェールを使い続けているので、最終的にはレジェールに前向きなのですが、このようにすべてに満足している訳ではありません。まだまだいろいろ改善してほしい所はあるのですが、逆に言えばケーンは天然ものである以上品質が劇的に変わることはありません。ある意味運を天に任せるしかないのです。レジェールはその点人工ものであるが故に、これからも設計や加工によってまだまだ改善できる余地はあるし、そういった意味では可能性を秘めています。
 だからレジェールにもヨーロピアンシグネチャーでとどまってほしくないし、より新たな設計思想を持ったリードを次々開発していってほしいと思っています。そのためには、現在のように人工リード市場がレジェール寡占状態になっている現状はあまりいい状態とは言えません。なによりも他にも人工リードを制作するメーカーが複数立って、それぞれしのぎを削っていいものを作っていくようになってほしいと思っています。とりあえずレジェールに次いで名前が上がるのはフォレストーンでしょうが、これとて扱っている店舗がレジェールに比べてかなり限られています。試奏ができる所と言いうとさらに絞られてしまうでしょうが、前述の理由で試奏なしで買う気は毛頭ありません。僕も興味があるのでいずれ試したいと思ってますが、近い将来フォレストーンがレジェールと並び立って普及し、お互いしのぎを削ってほしいと思います。