マウスピースのリフェイシング!?

 前回、マウスピースの手入れについての考察を書いたばかりだが、その矢先、今月号のPipers(Vol.426)に興味深い記事が載っていた。「マウスピースのリフェイシング」についてだ。

 リフェイシング? 耳慣れない言葉だがその意味するところは察しがついた。フェイシングとはマウスピースでリードと接するあのわずかに傾斜している部分の事。そこを再構築する、ということだろう。
 さっそく雑誌を手に取ってみると、言葉同様、今まで自分では考えもしなかった事が次々と書かれていて目を瞠った。使って摩耗したマウスピースを再生、さらにはチューンナップできるというのだ。

 いや、正確にいうとマウスピースの加工自体には馴染みがあった。例えば先ごろ亡くなったドイツのヴィオット氏が制作したマウスピースにはかつてさんざんお世話になったが、彼は本職は数学教師でありながら、余技としてマウスピースのフェイシングを自らひとつひとつ手作業で削り直し、製品として販売していたのだ。彼の場合もベースはツィンナー製マウスピースであり、自分は最後のひと手間を加えただけ。これも一つのリフェイシングといえるのだろう。しかしこれはあくまで製造過程としての一環であり、使用後に再調整して復活させる、いわば調整としてのリフェイシングという発想はなかった。しかし記事を読み進むうちに、今まで自分が知っていたことのすぐ傍らに、マウスピースのリフェイシングというものが古くから存在していたことを初めて知って驚いた。

 それはマウスピースの歴史とも関係している。そもそもマウスピースはかつて楽器本体同様木で作られていた。それも知っていたけども、木は元々環境その他で変形しやすい素材だから、今よりもはるかに変化を受けやすい。だからこそ頻繁に調整して状態を維持する、あるいはチューンナップしてより良い状態にすることが必須となり、その技術が自ずと発達していったのだという。

 しかし近年エボナイトその他状態がより変わりにくい素材でマウスピースが作られるようになってから、それほど頻繁に調整する必要がなくなり、それに伴いマウスピースの調整技術そのものも次第にすたれていった。その結果、徐々にマウスピースは1回摩耗すればお終いの「使い捨て」のものだという認識が定着するようになって今に至るのだ。
 かといって現在のマウスピースだって"木に比べれば"ましというだけであって、変形しないという訳ではない。前回の書き込みで、吹奏後の手入れによる変形の事を気にしていたけども、今回のPipersの記事によると、それよりも前、実際に吹いているうちに下唇がリードと接触する辺りから摩耗が始まり、徐々に奥に、下にと拡がっていくのだという。となると、マウスピースの摩耗は吹奏後の手入れや保管方法でどうということではなく、長い目で見ると使い減りは避けようのない事となる。

 「マウスピースに息を吹き込んだ瞬間、あるいはリードが振動した瞬間から、すでに変化は始まるのである」筆者はそう言う。もっとも変化は悪いばかりではなく、時にはその人によっていい変化をもたらすこともあるが、いずれにしろその状態がいつまでも続く訳ではない。吹き続ける限り状態は少しづつ変わっていくのだ。
 そして次第にマウスピースとリードの接触面の状況が変わっていき、筆者によると、当初のフェイシングが維持されるのは、使用頻度にも選るがほぼ2年だという。これはだいたい僕の感触的にも納得のいく数字だ。前回の書き込みで取り上げたマウスピースを購入したのは2014年の5月、それから2年半ほど気に入って使い続けてきたが、12月になって急におかしく感じ始めた。僕がマウスピースを「換えよう」と気になるのはだいたい2点、なんか吹いていて気密性がなくなった気がして、息を吹き込んでから音が出るまで何かワンクッション置くような感じになり、ダイレクトに反応してくれなくなるのだ。もしくは妙に音が細く甲高くなって自分の音に納得できなくなり、吹いてて嫌気がさしてくるのだ。
 今回この記事で、筆者がすり減ったマウスピースを使ってて相談を受けた人の悩みの代表的なものを挙げているの。曰く「リードが全然合わなくなった、レスポンスが悪くコントロールしづらくなった、音が明るくキンキンするようになった、響きが不安定になり音の芯が失われた、以前とは違う(通常より硬めの)リードを選ぶようになった、等々」これを読んで思い当たることがありすぎて参ってしまった。実は今回のマウスピースも、使っていて昨年あたりからそれまで使っていたリードが妙に薄く感じるようになって、実際により一段硬めのリードを取り寄せて使ってたりしてたのだから――思えばその頃から既に摩耗が進んでいたのだ、と今になって思い当たる。

 結局僕が前回書いた手入れについての考察なんて大した意味はなく、普通に吹いていれば摩耗はもう避けられようがない不可逆的なものだということがはっきりしてしまった。どうしたらいいんだろう――。僕はクリスタル製のマウスピースは使ったことがないが、今回の記事の中でクリスタル製が(他の材質に比べて)吹奏による摩耗が格段に少ない事が述べられている。もちろん落としてしまえば一発で砕けてしまうものではあるが、そういう事がなければ、うまくすれば一生もんとして使う事すら可能なレヴェルだという。これを読んで、一瞬クリスタルのマウスピースを購入しようかとすら考えてしまった。

 けどこうした摩耗してしまったお気に入りのマウスピースを復活させる方法として、今回の「リフェイシング」があるのだ、と筆者は述べている。これをすれば気に入っていた元の状態に戻すのはもちろん、場合によってはよりいい状態にチューンナップできるのだと。
 ただ、これはもちろん相当な特殊技能であり、素人が簡単にできるものとは到底思えない。ケーンのリードをトライアルアンドエラーしつつ調整していくのとは訳が違う。でも使い古したお気に入りのマウスピースがまた復活するというのは非常に魅力的な提案だ。この記事の筆者はプロのクラリネット奏者として活動しながらこういうマウスピースのリフェイシングを研究し、現在は既製品の調整だけでなく自ら設計したマウスピースを商品化するに至っているという。
 日本にリフェイシング技術を持つ人がいるのかどうか、聞いたことがないが、もしいてくれたら、時折楽器本体を調整に出すみたいに、マウスピースを調整に出して復活することができたらいいな、とつい考えてしまう。

 ともあれ今回の記事は前半であり、次号にはこの続きの記事が掲載されるそうだから、この先にまた何が書かれるのか、とりあえず今は興味を持って待ちたいと思う。