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イアン結び

 ウォーキングを日常的にしている身としては、その最中で靴紐がほどけてしまうのは非常に気にかかることだ。ほっとくとほどけた紐が歩く度にぶらんぶらんして気持ち悪いしかつ危険。中断して靴紐を結び直すことになるのだが、なんだろう、急いで結ぶのが悪いのだろうか、こう言う時に限ってほどけるのが癖になってしまい、少し歩くとまたすぐにほどけて再び結び直す、という事を繰り返す羽目に陥ることが時々ある。

 常々なんか紐がほどけないようにするいい手がないもののか(例えば結び目に嵌めてほどけないよう留めておくストッパーのような器具とか)と思っていた所にある朗報が。少し前にTVを観ていたら「ほどけない靴ひもの結び方」なるものが紹介されていたのだ。その時も「ん?」と注目したのだが、なんだかその結び方が妙にささっと映し出されるだけでよく分からないうちにそのコーナーが終わってしまい、結局何もつかめないまま終わってしまった。

 かつてならそのまんま「あれはなんだったんだろう」で終わってしまったんだろうが、ネット社会のありがたい所は後から「なんだったのか」を容易に調べられること。しばらくしてどうしても気になったのでその番組ホームページに行って過去の番組内容を遡ってチェックし、その結び方がどうやら「イアン結び」なるものだということをつきとめた。

 そうと分かったら次は「イアン結び」で検索してみると――次々といろんなページがヒットした。結び方手順を図解したものやら結び方の動画やら…。よし、ひとつこれやってみよう、とやる気を出した、のだが…。
 それからがちょっと難渋した。複数のページでどうやら6ステップに分解した同じ図解が載っていて、どうやらそれが一般的な手順と思われたのだが、これまた途中でよく分からなくなってしまう。ステップ1は蝶結びと同じでステップ2で左右それぞれで巻き方の逆にして輪っかを2つ作る、そこまではいい。問題なのはステップ3以降、なにやらその輪っかをくぐらせて引っ張って――って感じなのだがそのやりかたがよく分からない。自分の手先の不器用さを改めて痛感させられる。こうかな?とやってみて引っ張っても結び目はできずただ左右に紐が拡がるだけ…。
 考えてみると、結び方を覚えるなんて小学生の頃の蝶結び以来だ。あの時、とりあえず最初に単純なこま結びを覚えて(あれは「交差させて引っ張る」を2回繰り返すだけだから楽だった)、次に蝶結びを覚えるよう母親に言われたのだが――その時もどうやっていいかなかなかつかめずにイライラしたっけ…今ではほとんど無意識にやっている蝶結びも最初はそうだったな、と数十年ぶりの感覚を新鮮に感じたが、それもつかの間、分からないことに次第に痺れを切らし、動画ならわかるんじゃないかと次はそちらを見てみた。

 けど――こちらはこちらで、こっちが知りたいステップ3以降がささっと進んであっという間に結び目ができてしまう。肝心なところが…。動画の数は相当数あるのに、どれもこれも魔法のようにあっという間に結び目ができあがるのだ。ゆっくりやってみた、と謳っている動画でもこちらには速すぎて、だんだん「喧嘩売ってるのかい」と言いたくなってくる。そこ、そこをひとつスーパースローでやってくれる動画はないのかぁ…なんてぼやきながら手当たり次第に見ていくうちに、ようやくひとつ、イアン結びの結び方を繰り返し繰り返し延々と5分間にわたって映しだしている動画を見つけた。言語は英語だけども結び方を見る分には問題ないし、この動画は、最初はすばやく、回を繰り返すごとにどんどんゆっくり、ひとつひとつの動作を分解コマ送りするかのようにじっくりと何度も見せてくれていた。これを見ながら自分も手元で紐をいじくるうちに、ようやくそのやり方を理解することができた。

 それから数日、自分が紐を結ぶときは意識的にイアン結びをするようにしてきた。最初のうち、朝方出かけしなに靴紐を結ぼうとすると焦ってやり方が分からなくなってやむなく蝶結びをすることもあったが、次第に手順が身についてきて確実に結べるようになっていった。
 そして慣れて来るにしたがって、多くの動画がどうしてあんなに3ステップ以降を素早くやっているのかも察することができてきた。要は3~6ステップは実際の所連続した一連の動作、というか結局これをまとめて1ステップな動きであって、その途中でぶった切って分解しようとすると却って紐が緩んでうまく結べなくなってしまうのだ。実は…慣れてくるとイアン結びは蝶結びよりもシンプルだ。蝶結びだと1回支点となる結び目を作ってその上でさらにぐるりとひと巻きするような所があるが、イアン結びは支点を作らずいきなり最後の結び目を作ってしまう。「慣れれば速い」と言われるのはこのプロセスの短さにもよるのだろう。。

 さて、肝心の「ほどけない」という点はどうか、というと――まだ始めて数日なので判断するには早すぎるとは思うが、今までで1度、満員電車の中で紐の端を踏まれてほどけた事があっただけで、歩いている最中に自然にほどけた事は今のところない。なので当初の目標は一応達成されたような気がするのだが、さらにもうひとつ別に気づいたことがある。
 それは結んだ時の感触だ。イアン結びで靴紐を結ぶと、蝶結びの時のように結び目がきゅっと締まる感じがない。最初のうちは慣れてないからきちんと結べず最初からゆるくなったのかと思ったが、場数を踏んで慣れてきて、かなりきつく縛った感じでも、靴全体が紐で包まれたようにふわっとした感触なのだ。これは先に書いた「1回支点となる部分なく」縛れてしまうという特徴に関係しているようだ。蝶結びだとその支点の部分で押さえつけるようになるので、きつく結ぶと靴の上から縦に押さえつけるような力が働く。ところがイアン結びはそのような支点を作らず、唯一の結び目は左右に引っ張られる力を持つので結ぶ力は左右に流れる。結果として靴紐で上から押さえつけられるようなことはなく、靴全体で包み込むように力が働くのだ。
 私見だが、これは「ほどけにくい」イアン結びの特徴にもつながるのではないだろうか? 蝶結びの上から押さえつけるような力は、逆に言えば紐の結び目をゆるめ、ほどく方向にも働く。イアン結びではその力が働くことがなく、結び目が崩れる要素がその分少なくなるのだ。
 だからイアン結びでは固く結びすぎて締めつけで靴が痛くなるようなこともない。一方きゅっと靴が引き締まったような感触がほしい人には物足りないかもしれないが、全体的に無理な力が入らずに足を包み込むような感じでいける結び方のような気がする。

 イアン結び、「早く結べ」「ほどけにくく」「紐で足を締め付けられるようなこともない」いくつもの利点を持っている結び方のように思える。これからもしばらく使っていこうと今考えている。