或るニョーボの死まで~須賀原洋行『天国ニョーボ』

 よしえサンが亡くなった――それを知った時の衝撃は今でも忘れられない。気がつくともうあれから5年以上の歳月が経っているというのに、なんだかついこの間のような気がしてしょうがないのだ。たとえ直接面識がなくとも、長年敬愛していた人の死は哀しいものだが、彼女の場合はちょっと特別な想いがある。

 須賀原洋行氏のマンガを読んだ事のある人ならば、まず間違いなく彼女の事を強烈な印象を伴って憶えていることでしょう。最初、氏の出世作『気分は形而上』の中で作者こと"漫画家S"の「OLの恋人」として初登場。その後結婚すると、彼女は漫画家のニョーボとOLの2足のわらじを履きながら、その周りの者を亜空間に吹っ飛ばすような超絶ボケを連発し、「このOLは実在する」「このニョーボは実在する」の決めゼリフの許"実在OL"もしくは"実在ニョーボ"として史上空前の大ボケマシーンとして、作品中で暴れまくった。
 その後、遂には『気分は形而上』から飛び出して『よしえサン』という単独作品で主役を張るようになるが、そのパワーは衰えるどころかますますぶっ飛んでいく。そんな中、第一子出産を機にOLは辞めてニョーボ業に専念。漫画家Sとよしえサンの2人は、現実と平行しながらその家族の様々な事を書き綴っていった。
 その後よしえサンも3人の男の子の母親となり、子供らを育てていく間に少しづつかつての大ボケっぷりは影を潜め、たくましい母親としての面が目立ってきて、子供らを、そして時おり幼児化するダンナにツッコミを入れる役が増えていった。

 まぁそれとともに、マンガとしてはかつてのギャグパワーが沈静化していくのを避けようがなく、徐々に人気も落ちついてきた。このシリーズは『よしえサンち』『実在ニョーボよしえサン日記』とタイトルと掲載誌を変えて続けていったが、変わるごとにだんだん掲載誌がマイナーになっていって追うのが困難になっていった。作品にも試行錯誤の跡が伺えたが、作者にとっては自分たち家族の記録との面も既に持ち始めていたので、ライフワークとしてなんとしてでも続ける気概を見せていた。
 僕自身、以前ほど積極的に読もうという気は失せていたが、それでも単行本が出れば必ず見つけ出して買っていたし、ダンナとニョーボ、それにタクミくん・ツクルくん・アユムくんの3人の子供を囲んだ家族の様子を観続ける事をやめようという気は起きなかった。

 しかし終わりは突然訪れた。
 シリーズのひとつとして当時連載していた『実在ゲキウマ地酒日記』。そこでもよしえサンは最終回直前まで普通に出演していた。しかしその最終回で作品世界は一変する。
 実は、この作品の連載中によしえサンは病に倒れ、もう既に荼毘に付していることを作者自ら公表したのだ。ただ、「もしものことがあってもマンガの中で生き続けられれば…」(『地酒日記』最終回より)との故人の生前の意志を尊重して、それまでまるで生きているかのように書き続けていたのだ、と。
 ただ、いつまでもそんな事が続けられるはずもない。もう既にいない人間をあたかも生きているかのように描きつづけることに強烈な重圧を感じるようになり、遂に心がぽっきりと折れ、いきなり訪れた最終回で、漫画家Sは遂に現実に向き合うことにしたらしい。

 冒頭でも述べたように、もちろん僕はよしえサンと直接の面識はない。でもこれを知った時の衝撃は、まるで身内をひとり亡くしたかと思えるほど強烈なものだった。ひとつは年齢の事もあるだろう(よしえサンは僕と同世代、ひょっとすると同い年みたいですから)。でもそれ以上に、よしえサンに出会ってからかれこれ20余年、この一家の事を、まるでたまに会う親戚のように、付かず離れず自分はずっと気にかけてきたんだな、という事に改めて気づかされた。

 今、改めて『実在ゲキウマ地酒日記』を読み返すと、作者Sのとどまるところを知らない日本酒愛にまぎれて、随所にそれまでないほどよしえサンへの愛情を気恥ずかしいまでにストレートに表出している事に気がつかされる。殊に第39話「達磨正宗」の話は泣ける。飲み手が自ら事前購入して記念日に向けて古酒に熟成させるというユニークな商品で、Sとよしえサンは記念日に向けてそれを購入しようと検討するが、気がつくと2人が既に銀婚式を過ぎていることに気づく。ひと悶着あった上、最終的に金婚式に向けて購入する事を決める。そのラベル用に2人のイラストと言葉を添えているのだが――。
  ニョーボ「よく50年も続いたわね」
  ダンナ 「続くだろ、フツー」
 ――しかし実際には、この時点で「フツー」のことが奇跡でも起こらない限り決して訪れない事は既に明白だったのだ…。

 そして最終回、よしえサンが闘病の末既に亡くなっている事を明かし、連載は唐突に終了する。わずか6ページとはいえ、その最期の壮絶さが伝わってきて鬼気迫るものがある。ほんと、作者Sにもよしえサンにも長い事お疲れ様でした、と万感の想いがあふれる最終回だった。

 こうしてすべてを明かし、よしえサンとは名実ともにお別れをして作者Sはまた新たな道を探るのだとこの時は思っていた。しかしその後の展開は思いもかけないものだった。
 死を公表した上で、新たにキャラクターとしてよしえサンの復活を図ったのだ。まずは前述『実在激ウマ地酒日記』単行本最終第2巻の巻末描き下ろしとして描かれた「帰ってきたヨッパライ編」の最後でちょっとよしえサンを復活させてみた。この時は「最後にちょっとやってみた」的なサーヴィスだと思っていたのだが、そうではなかった。並行して連載していた『よしえサンのクッキングダンナ』でも引き続き出演させていたのはもちろんのこと、更には"死後のよしえサン"をメインにした新連載まで始めたのだ。それこそはこの『天国ニョーボ』だった。

 『天国ニョーボ』は「帰ってきたヨッパライ編」の設定を引き継ぎ、Sの家に突如現れた"どこでもホホホドア"(許可取ったのか?)からよしえサンがあの世から訪れてまた一緒にいろいろとやりとりするというものだった。第1話は2人の出会いから生前を回顧した上で、突然の発病から闘病・他界からそれを公表するまでを走馬灯のように駆け抜けた後、よしえサンの「キャラクターとしての復活」を画策するもその方法に行き詰っていたところを前述"どこでもホホホドア"から本当にニョーボが還ってきて…という導入部だった。
 第2話移行はこうして「世間的にはいないことにはなっている(一般の人には姿は見えない)けども実際には家にいる」ニョーボと自分たち家族を舞台にしたメタフィクションコメディ…を目指していることは伝わってくる。なんでニョーボが戻ってこれたのか、宗教やお墓や仏壇購入にまつわる話、現実の子供に関する問題…といったものが取り上げられていくが――僕は須賀原氏のファンなのであんまりこういうのは言いたくないが、はっきりいって面白くはなかった。いや事情は知っているからあまりおおっぴらに文句は言えないけども、でも古くからのファンはともかくこのマンガで新たな読者を得るだけの力があるか…というと正直疑問を投げかけざるを得なかった。
 そしてそれは杞憂ではなかったらしい。単行本1巻弱の連載が続いた後に作品は大きく舵を切り直すことになる。その理由はおそらく内外両方の理由が考えられた。外面的には低迷する人気のテコ入れのため、そして内面的には――ニョーボへの喪失感があまりに大きく、結局よしえサンを使ってコメディを描く事自体が作者自身苦しくなったんだと思う。
 そして第16話から『天国ニョーボ』はよしえサンの闘病記へと方向転換する。まずはニョーボの野辺送りの日の回想から始まり、それから最初の病気(乳がん)が見つかった時に戻り、それからは時系列で、よくぞここまで…と思うほど微に入り細を穿ち最期に向かう日々を描写していく――。
 本当に、ここには当事者でしかうかがい知ることのできない様々な感情が渦巻いて尽きることがない。作者Sにとって、この話はいずれどうにかして描かない訳にはいかなかったという思い入れがひしひしと感じてくる。考えてみるとがんという病気はちょっと特異な特徴があり、時にはなかなか死ななかったりする。昨年遂に亡くなった樹木希林が数年前から「全身がん」を公表しながらも亡くなる直前まで精力的に仕事をこなし、「死ぬ死ぬ詐欺」なんて自嘲していたのも記憶に新しい。よしえサンも闘病の初期はわりかし普通に生活しており、病状の進行具合はどちらかというと検査の数値等でなければわからない。そんな中、がんという決定的な治療法のない(故に数多くの治療法がある)病気に対してこちらの望む治療を受け付けない現在の医療体制に対する不信感というのも随所に表れている。でもそれは結局「どの治療法が効くのか」が人によって違い、やってみないと分からないという所にすべての原因がある。
 例えば昨年本庶佑氏のノーベル医学・生理学賞受賞で一躍注目を集めたオプシーボだって効く人は限定されており、これにより劇的に病状が改善した人がいる一方、これに頼ったがために手遅れになり結果的に命を落とした人も多い。作者Sもエビデンス金科玉条のように振りかざす医者に対して強い拒絶の気持ちを抱きながらも、様々な可能性を考慮した結果結局医者の言う治療法を選択してしまう。作中でもマンガ的フィクションの手法を用いて様々な治療を試そうとパラレルワールドを彷徨うのだが、その挙句、結局すべての結論が手術に行きついてしまう様子が描かれている。誰にも本当の正解は分からないのだ。
 結果的によしえサンの選んだ道は再発→治療法のない袋小路へと進んでしまう。それだけに今になって「あの時この道を選んでいたら…」という思いが湧き出てくるのだろう。すべての結論がひとつにまとまってしまう描写は作者Sが「いや、あれでよかったのだ」と無理矢理自分を納得させようとしているようにも見える。後半、よしえサンの身体や行動にじわじわと病の影響が表れてくるともう目が離せなくなる。そしてダンナである作者Sの、ニョーボを思いやるその言動にも…。これだけの事が描けるという事は、おそらく相当細かい記録を日々取っていたのだろうと推測される。

 そして訪れる最期の日――ここから先の事は、ぜひ読んでほしい、としか部外者の僕は言う事しかできない。
 正直これほどまでに読むのがつらいマンガというのも少ないと思う。いつもの通りのギャグ漫画の絵でありながら、その内容はまさしく鬼気迫り、その最期に向けた壮絶さには言葉を失う。今回改めて読み返してみても、分かっていながらいきなり慟哭のようなものがこみあげてきて思わず涙が噴き出し、気がつくと眼鏡のレンズに霧のように跡がついていた。
 だがその身を切るようなつらさが、雑誌を手にする一般読者から敬遠されたのだろう。終盤は本誌での連載を切られ、その後ネット上での掲載でかろうじて最終回を迎えた。そのラストも、いささか駆け足になったきらいがある。

 闘病記としては圧倒的な内容を持つこのマンガ、ただ全体像を見渡すと途中で方向転換した分いびつな印象を残すことは否めず、そのことが作品の評価を難しくしている。しかし作者Sにしてみれば、公私ともに長年連れ添った大切な人を失ったその痛みを乗り越えるために、3人の子供とともにこれから"生きて"いくためにも、是が非でも書かなくてはいられなかった壮大なレクイエムのように感じられるのだ。
「マンガで子供たちをちゃんと食べさせるのよ。(中略) 必要なら、わたしの闘病記だって描いていいから。(中略) 治らなくても描くのよ。それでちゃんと稼げて、子供たちを養えるんなら、描くのがどんなにしんどい話になっても描くのよ」(『天国ニョーボ』より) よしえサンが生前言い遺したこの言葉で、須賀原氏はおそらく何度も何度も自分を鼓舞していたに違いない。

 実は須賀原氏がこれをもってよしえサンを描くのを辞めた訳ではない。今も描きつづけている『クッキングダンナ』シリーズによしえサンは今も登場し続けている。ただ――なんだろう、『天国ニョーボ』完結後、その存在感がだんだん希薄になってきているのだ。代わりに遺された3人の子供たち、彼らとのやりとりが生き生きと活写されることが多くなっている。
 マンガの中で生き続けたい…。よしえサンが遺したというその言葉を今も忠実に守っているのだろうが、年を経るにつれて彼女のいない、子供たちとの生活が徐々に日常になってきているのが感じられる。そしてある時気づいたら「あれ、そういえば最近よしえサン全然出てこないな」ということになっている日が来るのかもしれない。

 でも、それでいいのだろう。

不遇な作品に突如訪れた僥倖~桜沢 鈴「義母と娘のブルース」

 桜沢 鈴(さくらざわ りん)というマンガ家を知っている人はいったいどれぐらいいるんだろうか。


 僕の中では、前に追悼記事を書いた三好 銀と並んで「誰も知らないかもしれないけど個人的には激押し」という位置づけの人だったんだけども、追っかけ続けている僕でさえ新作を目にする機会がほとんどなく、ほんと忘れた頃にいきなり単行本が出るとの情報を見つけてあわてて買いに走る、ということを何年も繰り返していた。
 そうして購入した単行本はここ15年ほどでわずか6冊。単行本化されてない作品もいくつかあるようだが、一応これが彼女の全単行本とみてよさそうだし、正直その作品がマスコミ上でトピックスとして取り上げられることは今まで皆無だったと思う。

 そんなひたすら地味な、それこそ「僕だけが知っている」ことにちょっと特権意識を抱かせるようなファンだったのだが、その数少ない単行本のうち、今月いきなり「義母と娘のブルース」が再発売されるとの情報をつかみ、なんで?と思い検索してみたところ――個人的には驚天動地の事態が発覚した。
 この作品がTVドラマ化されるだと? しかも綾瀬はるか主演!? それにTBS火曜夜10時って、近年「逃げ恥」や「カルテット」といった大注目のヒット作品を次々送り出している枠じゃないか。今までずっと日陰の存在(失礼!)にいた作品が、いきなりこんな眩しい光の当たる場所に出てしまって、いったいどうなることかと他人事ながら心配になってしまった。

 

 僕が彼女の作品を知ったのはかれこれ15年ほど前だと思う。4コマ漫画誌をぺらぺらめくっているうちに「ふぁんきーサーバント」となる作品が妙に心に引っ掛かって、いつしか連載を追っかけるようになってしまったのがきっかけだった。
 伊勢崎陽子というファッションに命を懸けているようなド派手な女性が主人公なのだが、彼女実は区役所の戸籍課に勤める地方公務員という超場違いな職業。もちろん職場でその存在は浮きまくっており、同僚の米田(公務員を絵にかいたような地味メガネ)からはその格好を事あるごとに注意され、2人は毎日のように衝突しているのだが、伊勢崎さんはその外見とは裏腹に職務を的確にこなすかなり優秀な事務員で、けっこう細やかな気遣いも欠かさず、さらに内面は相当地味で堅実な事がだんだん見え隠れしていく。要はただひたすらどうしようもなく派手な格好が好きで、そのキャラを貫きたくてついつい意地を張ってしまう人なのだ。それに給料のほとんどをファッションにつぎ込んでしまうから生活は相当つつましい(そうせざるを得ない)らしく、そのため私生活を絶対に同僚に明かそうとはしない。米田は連日彼女とぶつかり合いながらも次第にそんな伊勢崎さんの内面に気づかされ、いつしか彼女の事が気になり出していく――そんな作品だった。
 4コマらしいほんとさりげない小ネタの連続なのだが、なんだかそのセンスが絶妙で、掲載されている4コマ誌の中でひときわ浮き出て見えるように思えた。なので単行本第1巻が出たらすぐさま購入。これが桜沢 鈴の最初の単行本である事を知る。
 「ふぁんきーサーバント」は地道に4年ほど連載を続け、単行本も順調に2巻まで発売。さらには姉妹紙にもう1本「ヤマトナデシコ」を連載開始。血筋も外見もまったく西欧人なのに、日本で生まれ育って中身は完全に日本人、英語も全くできないという女子高生を主人公とした作品で、こちらもかなり気に入って読んでいた。そう、総体的に「外見と内面の間にギャップがあるキャラ」を描かせるとキラリと光るセンスを随所に見せつけていた。

 この時までは4コママンガ家として地味ながら着実に実績を積み上げているように見えたのだが、その少し後にいきなりすべての連載を中断する。いったい何が起こったのか…。その結果「ふぁんきーサーバント」は2巻収録以降の分は単行本未収録で残され、「ヤマトナデシコ」はまったく単行本化されることはなかった。中断の理由はよく分からなかったが、その当時あった作者本人のHPから察するに、作者自身がそれまでの作品から"撤退"したことが伺えた。追っかけていた身からすると心底残念だったが、かといってマンガ家を辞めた訳ではなく、どうやら細々とは描き続けているらしい。とはいえ僕はその作品に触れる機会はなく、不本意ながら実質「消えたマンガ家」にのようになってしまっていた。

 しかし5年ほどのブランクを置いて、桜沢 鈴は突如「義母と娘のブルース」(3冊目の単行本)で復活する。もちろんその前に雑誌連載をしていた訳だが、気がつかなかったのでこのニュースは自分にとって青天の霹靂だった。
 そしてもっと驚いたのはその内容だった。一応4コマの体裁をとっているが明らかに所謂「ストーリー4コマ」の体裁に変わっていたのだ。これからドラマ化されて初めてその内容に触れる人も多かろうからストーリーのネタバレは避けるけども、彼女がこんな「魂が震える」感動作を描く人だとは正直予想していなかった。
 この単行本のあとがきで作者はこの作品に至る経緯をこう触れている。デビュー当時、編集から4コマに関するノウハウをいろいろ教わり、そこにいろんな決まり事(ルール)があることを知らされた。それはそれこそ「サザエさん」の頃から連綿と続く約束事ではあるのだが、当時それを忠実に守って行くうちにいつしかそれにがんじがらめに締め付けられていき、結局行き詰ってしまい、前述の"撤退"に至ったらしい。
 その後新しい担当さんと出会い、「終わるなら一度、おもいきり自分のしたいようにしてみたい!」(あとがきより)と思う存分描いたのがこの「義母と娘のブルース」だった。この作品にも前述の「外見と内面のギャップ」の面白さは感じられる。主人公の岩木亜希子が自分の娘になるみゆきに対しても一貫してビジネス相手として相対しようとするズレがコメディとして実に面白い。しかし一見鉄面皮のような亜希子の内面が徐々ににじみ出てくるにつれて、今度はそのギャップが逆に作品のトレンドをコメディから別のものに転じさせていくのだ。
 最初の印象でこの作品をコメディと思っていると痛い目にあう。笑いは人を無防備にする。緊張を解きほぐされ、気楽に構えてしまうので読み進むうちにこの作品の本質に真正面からぶつかってしまい、後はぐいぐいと惹きこまれていく。こうなったら作者の思うつぼだ。僕なんかは過去の桜沢作品を知っていただけにあっさりとその罠にはまってしまった。亜希子が突如結婚してみゆきの義母となったその本当の理由――次第にその理由が開かされてきて、さらにその後のキレのある展開には息をのむしかない。連載ペースが遅いため完結編となる第2巻が発売されるまで数年を要したが、その後も折に触れ何度となく読み返さずにはいられない、読み継がれるべき傑作になったと言っていい。

 これだけの作品を描いていながら、それでも桜沢 鈴はブレイクの兆しすら見えなかった。冒頭に書いたように、一般の話題になるようなことは全くと言ってなかったと思う。その後彼女は地方に移住して相変わらずのペースで活動を続け、また忘れかけた頃に「プライスレス家族」「元少女戦士の妹」(第1巻)の2冊の単行本を上梓しただけで現在に至るが、ここまでくるとおそらくこの調子で今後もこの調子がずっと続くんだろうな、という風にこちらも半ばあきらめて、それでも最後まで見守って行こうという境地になってきていた。

 

 と思っていたところに今回のドラマ化である。このドラマがどれほどのヒットになるかは正直分からないが、少なくともドラマ原作としてこの作品が今までにないほど話題になる事は間違いないだろう。ただそれが一時的なもので終わるのか、桜沢 鈴の名前がこれを機にぐぐっと有名になるのかは予想がつかない。それでも、この内容にそぐわないどマイナーな地位に甘んじていた隠れた傑作を見出して陽のあたる場所に引っ張り出してくれたプロデューサーには、作者に代わって感謝したいぐらいの気持ちがある。
 それにマンガの実写ドラマ化というのはしばしば原作無視のかけ離れたものになってしまい見てられないものが多いのだが(「のだめカンタービレ」のような数少ない例外はむしろ嬉しい誤算)、番宣とかでみる綾瀬はるか演じる岩木亜希子は、正直「意外なほど合ってる」と思わせるものなので、ひょっとしていけるかも…と淡い期待を抱いている。
 さて実際のところどうなるか…。普段TVドラマとか全然観ないのだが、今回ばかりはきちんと追っていこうとちょっと楽しみにしている。どう転がるかは分からないが、この不遇(と言っていいと思う)の作品に突如訪れた僥倖を今は見守りたい。

SNSの変遷

 Facebookが苦境に陥っている。

 原因は言うまでもなく今回の個人情報大量漏洩だけども、かつてはあれほど隆盛を誇ったFacebookも少し前から客離れが囁かれ始めており、なんかこれを機に一気にSNSの主流から転げ落ちるかもしれないという懸念を感じ始めた。

 実際、現在はSNSの時代とこれだけ言われているが、インターネットが一般化して既に20年ほど、その間何度となく主役は交代してきたのだ。Facebookにその時期が来たのだとしてもなんの不思議はない。

 SNSの元祖的な存在と言えば、インターネットではないがNIFTY-Serveに代表されるパソコン通信ということになるだろう。僕も90年代半ばにNIFTYに入ったのがネットに触れた最初だけども、あの頃と今では雰囲気がだいぶ違った。各フォーラム内で大まかなジャンルに分けられた会議室という"場"を与えられ、そこで参加者たちによって意見や情報の交流の場となっていた。まだネットをやっている人間の数が限られている事もあってけっこうマニアックな話題が飛び交い、その中に飛び込んでアクティヴに発言するという事自体にちょっとしたステータスを感じていた。

 そのNIFTYも世紀の変わり目ぐらいから徐々に参加者が減ってきて、一方で2ちゃんねるを始めとする匿名掲示板が注目されるようになったが、あまりに世界が違ったのでNIFTYに代わるものにはなりえなかった。
 入れ替わるように出てきたのがMixiだ。これも当初は「紹介者がなきゃ入会できない」といったなかなかステータス感のある仕組みがあり、衰亡期のNIFTYから乗り換える人も多かったが、いざ入っているとかなり勝手が違った。NIFTYでいうフォーラム会議室に当るのは一応コミュニティのトピックなのだろうが、前者がかなり熱く語る所があったのに対して、後者はかなりライト感覚で、軽いノリが求められていた。それに結局Mixiのメインはコミュニティよりも各人の日記だったのだろう。日記は個人のものだから、ある意味どんなに長文を書いても他人に迷惑をかけるようなことはなかったが、だからといってそれを貫こうとするのはかなりエネルギーを使う雰囲気だった。

 そのMixiもまた数年後には下降線をたどり始め、三度変わってFacebookに移行する人が増えてきた。僕もFacebookを試してみた――けども、正直とまどった。ここでいったい何をしたらいいか、ぜんぜん見えてこなかったのだ。NIFTYは会議室という"場"に参加者がフラットに立ち寄ってきた。Mixiは一応コミュニティがあったけども、メインは各人の日記だった。そしてFacebookは――結局その個人のページしか存在しなかった。僕などやはりNIFTYにどっぷり浸かった人間なので"交流の場"が欲しいとまず思ってしまうのだが、SNSの主役が交代するごとにそういったものはどんどん希薄になり、結局"個"の集合体のようになってしまう。それはTwitterも同様で、僕には結局これらは「プライヴェートの切り売り」に見えてしょうがないのだ。

 で結局Facebookは入ってみたけどなんにもできず、Twitterもやってみたけど意義が感じられずに長続きしなかった。そういう人もけっこういるのか意外とMixiが頑張って延命しているが、僕は結局ネット上で行き場を失い、熟考の末「少なくとも好き勝手に自分の意見が書ける」という理由で今さらながらブログを立ち上げてみて今に至っている。

 こんな流れを見ているので、Facebookがこれから一気に衰退していくとしてもなんの不思議もないし、個人的には何も惜しくはない。

 余談だが、今回の件で頻繁にニュースでも顔を見ることが増えたザッカーバーグ氏だが、以前からどうも彼の顔写真を見る度に何とも言えない違和感を覚えてきた。なんだか顔が蝋人形みたいというか妙に作り物めいて見えてしょうがないのだ。この感覚、いったいなんだろう…その理由につい最近ようやく思い当たった。彼の容貌が、『からくりサーカス』(藤田和日郎)に出てくるオートマータ達の顔を思い起こさせていたのだ。

点鬼簿2017

 今年の初め、ふと逝去した有名人を書き留める、いわゆる点鬼簿を作ってみようと思い立った。
 TVや新聞のニュースで「え!この人が…」と思う事は多い。しかし悲しいかな日々の出来事の中でそれは次第に埋もれていってしまう。終いには時間が経って「えーと、この人って、死んだんだっけ?」なんて事もしばしば。それがなんか申し訳なくって、せめて思い出せるようにと記録することにしたのだ。

 それから1年、記録の一覧をここに転記してみる。

 

○2017/1/3 神山(こうやま) 繁(俳優 享年87 死因:肺炎)

○2017/1/4 ジョルジュ プレートル(指揮者 享年92)
 マリア カラスのお気に入り。ニューイヤーコンサートにも2回出場。

○2017/1/21 松方 弘樹(俳優 享年74 死因:悪性脳リンパ腫)
 東映やくざ映画の中心人物。晩年はマグロ釣りでも有名に。

○2017/1/25 藤村 俊二(俳優 享年82 死因:心不全)
 おひょいさん。元は振付師だったと今回初めて知った。

○2017/1/31 時天空 慶晃(元力士 享年37 死因:悪性リンパ腫)
 元はモンゴル人。最高位小結。現間垣親方

○2017/2/3 三浦 朱門(小説家 享年91 死因:間質性肺炎)
 第三の新人の生き残り。妻は曽野綾子

○2017/2/9 佐藤 さとる(童話作家 享年88 死因:心不全)
 日本ファンタジー小説の第1人者。コロボックルシリーズ他。

○2017/2/12 谷口 ジロー(マンガ家 享年69 死因:多臓器不全)
 「『坊ちゃん』の時代」「犬を飼う」「孤独のグルメ」…。

○2017/2/13 鈴木 清順(映画監督 享年93 死因:慢性閉塞性肺疾患)
 「ツィゴイネルワイゼン」など

○2017/2/13 金 正男(キム ジョンナム)(享年45 死因:暗殺(毒殺))
 金正日の長男、金正恩の異母兄。なのに…。

○2017/2/16 船村 徹(作曲家 享年84 死因:心不全)
 「別れの一本杉」「王将」など。

○2017/2/16 ディック ブルーナ(絵本作家 享年89 死因:老衰)
 ミッフィーの生みの親

○2017/2/21 スタニスワフ スクロヴァチェフスキ(指揮者 享年93 死因:脳梗塞)
 ミスター"S"と呼ばれた名指揮者。

○2017/3/1 かまやつ ひろし(歌手 享年78 死因:膵臓がん)
 ムッシュかまやつ。「我が良き友よ」「やつらの足音のバラード」

○2017/3/5 クルト モル(歌手(バス) (享年78)
 70~80年代を代表するバス歌手。

○2017/3/14 渡瀬 恒彦(俳優 享年72 死因:胆嚢がん(多臓器不全))
 「捜査9係」「おみやさん」「タクシードライバー」…。名優逝く。

○2017/4/5 大岡 信(詩人 享年86 死因:誤嚥性肺炎)
 「折々の歌」

○2017/4/6 京 唄子(漫才師・タレント 享年89 死因:肺炎)
 鳳啓助との名コンビを始め、晩年は女優としても活躍。

○2017/4/12 ペギー 葉山(歌手 享年83 死因:肺炎)
 「南国土佐を後にして」。「ドレミの歌」の日本語詞作詞。

○2017/4/17 渡部 昇一(文筆家 享年86 死因:心不全)
 「知的生活の方法」他。僕に最も影響を与えた人。

○2017/4/23 三遊亭 円歌(落語家 享年88 死因:結腸がんによる腸閉塞)
 「山のあな、あな、あな」

○2017/5/3 月丘 夢路(女優 享年95 死因:肺炎)
 朝丘夢路と混同する人多数。

○2017/5/15 日下 武史(俳優 享年86 死因:誤嚥性肺炎)
 劇団四季創設メンバー

○2017/5/21 与謝野 馨(政治家 享年78 死因:咽頭がん)
 数々の大臣を歴任。

○2017/5/23 ロジャー ムーア(俳優 享年89 死因:がん)
 3代目ジェームス ボンド。

○2017/5/31 イルジー ビエロフラーヴェク(指揮者 享年71 死因:がん)
 チェコフィル首席指揮者。 

○2017/5/31 杉本 苑子(小説家 享年91 死因:老衰)
 女流ながら骨太の歴史小説家。

○2017/6/2 ジェフリー テイト(指揮者 享年74 死因:心臓発作)
 内田光子とのモーツァルトのピアノ協奏曲で名を成す。

○2017/6/13 野際 陽子(女優 享年81 死因:肺腺がん)
 「キーハンター」、後に名姑女優に。

○2017/6/22 小林 麻央(元アナウンサー 享年34 死因:乳がん)
 市川海老蔵夫人。姉は小林麻耶

○2017/7/1 上田 利治(元野球選手・監督 享年80 死因:肺炎)
 阪急ブレーブス最強時代の名監督。

○2017/7/2 榎本 俊夫(元田中角栄秘書 享年91 死因:老衰)
 ロッキード事件丸紅ルートの主要人物。奥方に「蜂の一刺し」される。

○2017/7/11 砂川 啓介(俳優 享年80 死因:尿管がん)
 大山のぶ代の夫。認知症の妻を残し…。

○2017/7/18 日野原 重明(医師 享年105 死因:呼吸不全)
 聖路加病院名誉院長。日本最年長現役医師。

○2017/7/21 平尾 昌晃(作曲家 享年79 死因:肺炎)
 元ロカビリー御三家にして昭和のヒットメーカー。

○2017/7/22 エルンスト オッテンザマー(クラリネット奏者 享年61 死因:急性心不全)
 ウィーンフィル首席クラリネッティスト。2人の息子も奏者に。

○2017/7/24 犬養 道子(評論家 享年96 死因:老衰)
 犬養毅の孫。

○2017/7/24 山川 啓介(作詞家 享年72 肺がん)
 「太陽がくれた季節」「聖母たちのララバイ」他

○2017/8/7 中島 春雄(俳優 享年88 死因:肺炎)
 スーツアクター。初代「ゴジラ」俳優。

○2017/8/10 阿部 進(教育評論家 享年87 死因:胃がん)
 カバゴン先生

○2017/8/16 ピーター ミルワード(英文学者 享年91 死因:多臓器不全)
 上智大学名誉教授。長らく日本で教鞭を取り、著書多数。

○2017/8/20 ジェリー ルイス(コメディアン 享年91 死因:老衰)
 1950~60年代に一世を風靡したコメディアン。

○2017/8/20 羽田 孜(政治家 享年82 死因:老衰)
 1994年、第80代総理大臣に。

○2017/9/27 ヒュー ヘフナー(実業家 享年91 死因:老衰)
 プレイボーイ創業者。

○2017/9/29 槐(さいかち) 柳二(声優 享年89 死因:鬱血性心不全)
 「赤毛のアン」のマシュウ・レレレのおじさんからショッカー怪人まで。

○2017/10/25 遠藤 賢司(歌手 享年70 死因:胃がん)
 日本のフォーク黎明期の代表の一人。代表作「カレーライス」

○2017/10/26 篠沢 秀夫(フランス文学者 享年84 死因:筋萎縮性側索硬化症)
 クイズダービー篠沢教授学習院大名誉教授

○2017/11/16 鶴 ひろみ(声優 享年57 死因:大動脈剥離)
 ぺリーヌ・美神玲子他。首都高車中で急死。

○2017/12/2 はしだ のりひこ(歌手 享年72 パーキンソン病)
 元フォークル。その後も「風」「花嫁」などのヒット曲。

○2017/12/6 海老一 染之助(曲芸師 享年83 死因:肺炎)
 兄 染太郎と共に兄弟曲芸師として人気を博す。

○2017/12/8 野村 沙知代(タレント 享年85 死因:虚血性心不全)
 野村克也夫人にて稀代のお騒がせ女。

○2017/12/11 チャールズ ジェンキンス(享年77 死因:致死性不整脈)
 拉致被害者 曽我ひとみさんの夫。自身も拉致から解放され日本に。

○2017/12/16 早坂 暁(脚本家 享年88 死因:腹部大動脈瘤破裂)
 代表作「夢千代日記」他。TVドラマの黎明期から支えた名脚本家。

 

 こうしてみると、ここしばらく名前を聞かなかった方もいれば、直前まで現役バリバリで活躍していた人もいる。僕が子供の頃から親しんでいた芸能人などは、毎年少なからず鬼籍に入っていくのだが、享年を見ていけば「そういう歳なんだな」と実感してしまう。おひょいさんなど「歳とったらこんな風になりたいな」と密かに憧れていただけにすごい喪失感があった。芸能人ではないが篠沢教授も、長く患っていたことは知っていたが、遂に…という想いが強い。カバゴン先生は、僕が子供の頃、今でいえば尾木ママに匹敵する存在感を持っていた人。今年までご健在だったとは不覚にも知りませんでした。
 個人的に存在感が大きかったのは渡部昇一。「知的生活の方法」は高校時代に出会って以来、文字通り「座右の書」として折に触れて読み返し、自分の考え方に多大な影響を受けてきた。政治思想的には彼の論旨に首肯できない所も多々あったが、それでも思わず理解はできてしまうほどすさまじい説得力があった。最近まで天皇退位問題で意見を上奏する(一貫して「摂政を置きさえすれば退位する必要はない」と退位に否定的な意見だったが)など健在な所を見せていただけに、訃報に接した時は驚いた。

 その他も、ここに列記したのは、少なくとも僕の心に何らかの引っ掛かりを残してくれた人たちばかりです。ご冥福をお祈りいたします。

「時代が追い付いた」人たち

「いずれ私の時代が来る」
 これは19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍した作曲家グスタフ マーラーが言ったとされる言葉。現在ではロマン派末期を代表する大作曲家として誰もが認める存在だけども、生前は指揮者としてこそ名を成したものの作曲家としては"やたら長くて大袈裟"な交響曲を書く変人扱いされていた。今でこそその空前のスケールを持った作品は他に類を見ない巨大さとして認識されているものの、そのスケールを見通すには時間が必要だったということだろう。

 今年"なぜかいきなり"ブレイクした人として加藤一二三出川哲郎が挙げられる。しかしどちらも今年いきなりポッと出た訳ではない。それどころかずっと前からその世界で長い事活躍していた人たちだった。

 加藤一二三と言えば、言わずと知れた将棋界のレジェンドだった。全盛期は中原誠米長邦雄と同時期で、谷川浩司羽生善治より前の世代とはいえ、かなり前に引退している他2人に対して、ほんのこの前まで現役を張りつづけたというのは驚くべきことだ。
 今回注目されたきっかけはあの藤井聡太のプロデビュー戦の相手として対戦したことだった。藤井聡太はそのままデビュー29連勝と空前の記録を作って一躍時の人になったのと同様、加藤もまた同じく「中学生でプロ棋士になった第1号」とも紹介されて脚光を浴び、奇しくもその後まもなく最年長で現役を引退することが決まって再び耳目を集めた。
 そうして何度かTVに出演するにつれ、その業績に止まらずキャラクターに目が行くようになり、一躍「ひふみん」として一気にブレイクしてしまった。
 いや実際、特に将棋好きでなければ僕のようにその名前は前から聞いててもどんな人かなんて普通知りようもない。けどもこうしてTVに立て続けに出るようになった加藤一二三を観て、正直驚いた。「なんだこの愛らしい生き物は!」
 そのまんまるな顔に丸っこい体型と、○だけで似顔絵が書けそうな外見はもちろん、屈託のない笑顔を絶やさず、時折除く口の中はほとんど歯がなく、かろうじて残っている前歯を覗かせている。そのためか、全体的にどこか齧歯類を思わせる。つい最近まで60年以上にわたってプロを続けてきたすさまじい業績とこの愛らしい風貌のギャップ。これは本当に得難いキャラクターとしか言いようがない。
 しかし実際本人はなぜこんな注目されるのか実感はわかないだろう。本人にとっては「ずっと前から変わらずこうだった」んだから。ただ将棋界と言う限られた世界の中に留まっていたからそれが一般に知られてなかっただけで、それがたまたまタイミングが重なっていくつもの点で注目が集まって一気にブレイクしたのだ。

 もう一人の出川について。現在リアクション芸の第一人者として知られているが、リアクション芸の嚆矢としてはかつての稲川淳二がそうと言えるだろう。彼が徐々に怪談噺の方に比重を置いてTVに出なくなった頃からそれに代わるように出てきたのが出川哲郎(あともう一人上島竜兵)だった。
 リアクション芸というのは実はかなり受身な芸で、誰かしらが何かしら働きかけてくれない限り何もできない。漫才であれば相方のツッコミを計算してできるのだがそれがない。稲川淳二の時代はまだそこら辺の加減が成熟してなくっていささか痛々しさを感じたが(正直"いじめ"を見ているような感覚があった)、出川達は「ツッコんでくれなきゃ困る」的な"誘い"のお約束を組み込むことにより、広義のボケツッコミの呼吸が見えるようになった。
 閑話休題。こうしたリアクション芸を成熟させていった出川だが、以前は「女性に嫌われる芸人」のダントツ1位だった。彼が結婚する際、奥さんとなる人の母親がその事を聞いて「なんで出川なの!?」と思わず叫んだという逸話は自分の中で語り草になっている。後に「キモカワ」という言葉が出てくるようになってから多少風向きが変わったようにも思えたが、マイナスがプラマイゼロに戻った程度で、それほど大きな変化ではなかった。
 それが今年まさかのブレイクである。理由は全く分からない。ひふみんはそれまで一般への露出が少なかったのでまだ分かるのだが、出川は以前からタレントとしてTVに露出し続けているし、やっていることは20年ぐらい前から基本的に変わってないのだ。ただ感られるのは自然体。リアクションに屈託がなく、それ故に素直で裏表のない人柄が感じられるのだ。年齢も50を越えてぎらついた所が薄れてきたせいか、そういったところが表だってきたことはあるかもしれない。それにしても…やはり世間の風向きの方が変わったのだと思わずにはいられない。

 加藤一二三出川哲郎。両者に共通するのは長年ひとつことを一筋にやってきたことで、それが年を経て練れてきて、その屈託のない"素"を惜しげもなく表出している所だと思う。
 そしてとなにかと殺伐としたこの現代だからこそ、そういったものが得難い価値としてにわかに注目されるようになったのではないだろうか。本人たちは変わってない、マーラーのように意図したわけではないが、時代の方が彼らに追いついたのだと言えるのかもしれない。

自分の顔に責任を持つ

「男は40を過ぎたら自分の顔に責任を持て」
 これはリンカーンの有名な言葉。子供の頃、最初に聞いた時はいったい何を言っているのかとんと見当がつかなかった。
 けど最近、ふとこの言葉を思い出してみたら、その言葉の重みがじわりと実感できて空恐ろしくなった。

 そう、若い頃の顔というのは、それはもう「持って生まれたもの」がほとんど全てといっていい。人生経験積んでないから、それこそ無垢の状態から始まって外面に特に影響が及んでないのだ。だからいい男に生まれればそれだけで人生得するし、そうでないものは…。言うまでもなく後者である自分などはそれだけでどんなに(以下略!)
 でも年を経るにつれ、その人がそれまでどのように生きてきたか、その生活の跡が徐々に顔に滲み出てくる気がする。40過ぎればどうしたって顔はだんだん老けてくるし、若い頃とは容貌も変わってくる。その変わり具合に、どうやらその人の生活習慣や態度・考え方等が反映してくるようなのだ。

 不摂生を続けていけばぶくぶくに太ったり顔のつやが悪くなったりするし、自堕落な生活をしていると顔から覇気がなくなって生気が感じられず、怒ったりしかめっ面ばかりを繰り返しているとその跡が徐々に表情に残って取れなくなる。そういった諸々の影響が年齢と共に顔に刻み込まれていき、言わばその人の「生き様」が顔に表れていくのだ。
 もちろんこれはあくまで傾向の話であり、すべてがすべてそうとは言えないだろうが、若い頃がいいからとそれからもずっといいと思っていると、いずれ手痛いしっぺ返しを食らわないとも限らない。
 逆に言えば若い頃が××でも年齢と共に逆転する可能性だってある訳で(希望的観測)、人生が完全に後半戦に入ってしまっている僕などは、これまでの人生がもう既に相当顔に出てしまっているとは思うが、まだ残っている人生をだからこそよりよく生きようと肝に銘じようと思う。

 しかしリンカーンがこの言葉を発したその時の状況を見ると、単に気に食わない奴を採用したくないから方便として無理矢理言い訳をひねり出した――ではないとはどうしても否定しきれないだよなぁ。

シューベルトの交響曲第9番ははたして「グレイト」か?

 シューベルト交響曲について7番と8番をこのブログで立て続けに取り上げたけども、やはりそうなると次には9番について触れないわけにはいかない、という気がしてきた。この曲についてもいろいろ思う事があるけども、それは今までとは違ってちょっと複雑なものだった。

 先に「未完成」について書いた際「時折勘違いされるけども」なんて他人事のように書いたけども、実のところこれは中学時代の僕のことなのだ。クラシックを聴きはじめて間もない頃はやはりてっきりシューベルトは「未完成」を書いている最中に亡くなったのだとなんとなく思っていて、だから「『未完成』の後で完成させた交響曲がある」と知った時には「なんで?」と不思議な気がした。
 とはいえ存在は知ってもその交響曲第9番を実際に聴く機会はなかなか訪れない。当時はレコード(死語その1)を買うだなんてのは誕生日かクリスマスか…なんて年に数度の一大イヴェントだったものだから、音源はほとんどFMエアチェック(死語その2)に頼っており、だからいかなる名曲であろうとたまたま放送されなかったり聴く機会を逃したりすると、案外聴いたことのない曲がけっこうあった。これもその1曲だった。
 さて、そんな訳だから聴かないうちに期待ばかりがどんどん膨らんで行った。なにせあの「未完成」の後に作曲された交響曲なのだ。しかも「ザ グレイト」と呼ばれている曲だ。あのシューマンが「天上的」とまで激賞した音楽。いったいどんなすごい曲なんだろうか――。
 結局聴けたのは高校に上がってからだったが、いよいよ聴けるとなった時は放送前からラジカセの前で待ち構えていた。カセットテープを間違いなくセットし、タイミングを計って録音ボタンを押し、そのまま耳を傾ける――。冒頭いきなりホルンだけでゆったりしたメロディが流れてくる。流麗だがどこかバランスが狂ったような不思議な感触があった。「未完成」のようなひりつくような緊迫感はなく、どちらかというと穏やかに進む音楽。それだけでどこか拍子抜けしたものを感じたが、それでも聴き続けるうちに徐々に力を増していき、いやがうえにも高揚していく。そう、まだ序奏部なのだ。これからいよいよ本題、主部に入っていくのだと思い直し再度待ち構えていると、音楽が最初の頂点を迎えると共に一気に第1主題に流れ込んでいく――。
 「ドッソドッレドッソドッレドッ…」
 (なんじゃこりゃー)思わず前のめりに突っ伏しそうになったのを覚えている…。

 いや、変な期待をした自分の方が悪いのだが、それにしても第8番とは方向性があまりに違い過ぎていた。確かに第1楽章コーダで冒頭主題が戻ってきて重々しく壮麗に終わる所などかっこいい。その後も所々「おっ!」と思わせる部分もあったものだから、この時全曲録音したテープをそれでもそれから何度も繰り返し聴き返したのだが、第1印象がこれなもんだから、なんだか妙にガチャガチャした曲だな、との印象をぬぐいきれなかった。シューマンはこの曲のどこにそんな感激したんだろう。考えてみればシューマンは「未完成」を聴くことはなかったので比較しようがないが、それにしても…。

 もちろんそれから何度も聴いているけども、僕の中でもその時々で印象はけっこう変わっている。実際、評価が難しい曲だと思う。演奏頻度の多い人気曲でありながら、まわりに聞いても「あんまり好きじゃない」との声がけっこう挙がる。僕の中でも、「未完成」は疑う余地のない桁外れの名曲なのだが、「グレイト」の評価は時によって「おっ、なかなか」だったり「やっぱりちょっと…」だったり揺れ動いている。

 この曲の印象を決定づけているのは、シューベルトの曲としてはちょっと他にないほどの屈託のなさだろう。というかシューベルトという人、「屈託の作曲家」と言っていいほど、胸の中にいろんなことを抱え込んで、それが音楽ににじみ出ているような人なのだ。それがシューベルトの音楽に何とも言えない憂いを含め、それに対してある時は葛藤し、ある時は諦念し、細やかな感情の襞が表現されていく。そういったものが「グレイト」には第2楽章にちょっと感じるぐらいで、後は見事なほど、きれいさっぱりないのだ。
 それは偶然ではなく、シューベルトの意図するところだったのだろう。

 シューベルトは作曲当時28歳、よもや自分が31歳で亡くなるとは思っていないから、晩年の意識はまだなかろう。作曲家として自分はまだまだと感じ、なんとかそれまでの殻を破りたいと思っていた。そして飛躍のためにむしろ足かせになっていると感じたのが、その抒情に満ちたメロディの才能だった。
 音楽の授業とかでシューベルトにつけられた称号は「歌曲王」。実際10代の頃から「魔王」「野ばら」をはじめまさしく泉がわき出るがごとく珠玉の名品を次々と生み出してきた。クラシック音楽界で歌曲の世界に限れば、彼を凌駕どころか比肩する者さえ見当たらない。それほどまでに突出した存在なのだ。
 1曲数分の歌曲の世界では彼は無敵だった。しかしシューベルトは徐々にそれでは満足できなくなっていく。彼が目指すのは同時代の大先輩、ベートーヴェンだった。そのあまりに偉大すぎる姿を仰ぎ見ながら、それに続く存在になりたい、シューベルトの後半生はその想いに尽きると言っていい。
 シューベルトの天賦の才であるメロディは抒情的でセンシティヴだが、一方で交響曲のような長時間の楽曲を構成するには不向きだった。メロディだけで世界がほぼ完結してしまうからだ。
 一方ハイドンからベートーヴェンに連なるウィーン古典派の音楽は、メロディそのものの魅力はさほど重要ではない。むしろ必要なのはメロディの構成要素的な動機(モティーフ)であり、それを分解・拡大・統合等様々に展開をしていって(動機労作)まるで建造物のように組み立て上げることこそが大切なのだ。
 典型的な例としてはやはりベートーヴェン交響曲第5番を挙げるべきだろう。かの有名な「ジャジャジャジャーン」という単純極まりない動機、ベートーヴェンは偏執的と言えるほどにその動機をありとあらゆる手を使って積み上げていき、遂にはほとんど冒頭動機を緻密に組み立て上げるだけであの一縷の隙もない音楽の大伽藍たる第1楽章を作りあげてしまった。第2楽章以降もこの動機は根底に流れる暗渠のように存在感を発揮し続け、最後の和音を鳴らし終わるまで、結局「この曲は冒頭動機だけでできている」と思わせるだけのとてつもない有機的構造物に組み上げてしまった。
 シューベルトはその自分の欠点に気付いていた。10代の頃は、自分のメロディを使ってハイドンモーツァルト的な交響曲を次々に書き上げて行った彼が、20代にはいるとぱたりと交響曲の筆が止まる。その代りに書かれたのが7番の稿にも触れたいくつもの未完成交響曲である。前述の7番・8番はその中でもちゃんとまとまった方で、他の者は書き始めてはぱたりと筆が止まったままほっとかれた断片ばかりである。そこには殻を打ち破りたいのに破れない試行錯誤の跡が垣間見えている。
 まとまった未完成交響曲2曲のうち、第7番は魅力的ながらもまだ10代の頃の影を引きづっている所があるのに対して、やはり惜しいのは8番だ。彼は自分のメロディの才を前面に押し出しながらも、独自のせめぎ合いをみせてすさまじい音楽の"場"を作り上げてみせた。これを無事最後まで完成させていたらその後のシューベルトの作品はまた違った展開を見せていたろうし、おそらくその音楽は後のシューマンブラームスさえ追い抜き、時代を越えてマーラーのような境地にまで達することが可能だったろう。しかしご存じのように第3楽章で行き詰まり――不本意ながらそこで放棄せざるを得ないことになってしまった。
 おそらくはここら辺から「今の行き方ではだめだ」と思ったのだろう。ベートーヴェンに続けるような交響曲を書き上げるにはどうすべきか…。そしてシューベルトは自らの一番の才である"メロディ"を捨てた。

 そして交響曲第9番となった「グレイト」を書き始めた時、ベートーヴェンに倣って、極限まで単純化され、もはやメロディとは言えないような動機を積み上げて曲を作ろうとしたのだと思う。
 そして生まれたのがあの「ドッソドッレドッソドッレドッ…」だった。本当に何の変哲もない、ただハ長調の主和音の音を順に組み合わせただけのような音型。しかしシューベルトは自信満々だった。第4楽章に至っては「ドッドミーッ!」というほとんど一瞬のシグナルのような動機を用いて一気に駆け上がっていく。
 ただ、シューベルトが自分の一番の持ち味を殺してまでして挑んだ挑戦、その結果は…。やはりいささか意余って力足らずの感なきにしもあらず、という所だろうか。第1楽章など単純化した動機を組み上げて立体的な建造物にしたかったのに、うまく積み上がらずに結局どんどん横に並べていって、なんだか長屋みたいなものなってしまったように見える。

 ただ続く第2楽章は、緩徐楽章ということもあって最初から自分のメロディを前面に押し出すことにしているようだ。とはいえ曲調からいって「未完成」のように心を引き裂かれるような重苦しいものではなく、おだやかで澄明なものだが、それでもやはりシューベルトの持ち味が自然に発揮されており、曲が進むにつれていつしか重力から解放されてどこまでも高みに昇っていくような感じがする。シューマンが「天上的」という言葉を思いついたのも、そのあたりかもしれない。

 続く第3楽章。かなりざくざくと突き進むスケルツォで、エネルギッシュだが一方で音楽としてそれほど突出しているか、というとそれほどとは思えない。どこか通り一遍なところがあるのだ。トリオのメロディもシンプルすぎて心に引っかからないし。ただ大曲としてのスケール感は妙にあるのだ。とにかく構えだけは巨大なこの楽章、全体のバランスをとるためにはスケルツォにもこれぐらいの器の大きさが必要だ、ということだけは妙に納得できてしまう不思議な存在感を持っている。

 そしてフィナーレ。前述のようにシグナルのように極限まで短い動機をいきなり提示して猛スピードで駆け出していく。シューベルトは以前から時折無鉄砲なまでに走り出してそのままブレーキを失いいつまでも駆け回る、という事があるのだが、この曲もそれに近い。ただ違うのは、一見無軌道に見えてちゃんとコントロールができていることだ。第1楽章のように徒に構えを大きくしようという意図はなく、ギャロップ風にどんどん駆けていくのに、いつしか動機をきっちり確保して第2主題に移る。その第2主題も第3楽章トリオ以上にシンプルこの上ないが、駆け抜けようとする第1主題に対してちょうどいい緩衝剤のように妙にフィットする。そうして提示部をきっちり組み立てた上で展開部に、そして再現部へと…とソナタ形式の必要充分な構成がきっちりと浮かび上がってくるのだ。
 最終楽章に至ってようやくシューベルトは自分が目指していた境地に手がかかったように見える。それはベートーヴェンの世界とはまた明らかに違うが、疾走する中にも"意"がきっちりと感じられ、形式も自然と形作られていく。そうなると駆け回るエネルギーは明確な方向性を持ち、ぐいぐいと上へ上へと昇華していくかのような無限の生命力となって燃焼する。先ほど触れた第2主題の後半に出てくるさりげない下降音型が後に非常に重要な展開要素へと変貌していくのに気づくとハッとする。
 そしてその生命力はコーダに至ってまったく予想だにしない境地に達する。一旦静まったと思わせといてまたぐいぐいと力を増していき、その力をあろうことか弦全員で主音である「ド」を何度も何度も大地に押さえつけるがごとく叩きつける。(そしてこの「ド」の連打も、実はあのシンプルすぎる第2主題の変形なのだ) だが一旦勢いがついた音楽はそんなことで押しつぶされはしない。叩きつけられればられるほど抗する力は増していき、遂には「ド」の呪縛から解き放たれてどこまでもどこまでも飛翔していく。こうなるとあの弦の低音すら生命力を鮮やかにするための彩にすら見えていく。こうしてすべてを凌駕して全曲を閉じる。

 オールリピートで1時間を超える長大な音楽で、途中完璧とは言えないようないろんな所があるが、このフィナーレに接するとそのすべてを越えて「グレイト」な音楽を聴いた、という思いに至るのだ。ほんと、第1楽章からこのような音楽が書けてたら文句ない名曲になっただろうに、本当に惜しい――だがその最後に行きついた境地と絶え間ざるエネルギーの噴出は、やはりどうしても打ち捨てるには忍びない魅力がある。はたしてこの曲は名曲なのか…結局のところ、なんて判断に迷う曲を書いてくれたんだ、シューベルトは、と最後の最後まで結論の出ない叫び声をあげてしまうのだ。