シューベルトの交響曲第9番ははたして「グレイト」か?

 シューベルト交響曲について7番と8番をこのブログで立て続けに取り上げたけども、やはりそうなると次には9番について触れないわけにはいかない、という気がしてきた。この曲についてもいろいろ思う事があるけども、それは今までとは違ってちょっと複雑なものだった。

 先に「未完成」について書いた際「時折勘違いされるけども」なんて他人事のように書いたけども、実のところこれは中学時代の僕のことなのだ。クラシックを聴きはじめて間もない頃はやはりてっきりシューベルトは「未完成」を書いている最中に亡くなったのだとなんとなく思っていて、だから「『未完成』の後で完成させた交響曲がある」と知った時には「なんで?」と不思議な気がした。
 とはいえ存在は知ってもその交響曲第9番を実際に聴く機会はなかなか訪れない。当時はレコード(死語その1)を買うだなんてのは誕生日かクリスマスか…なんて年に数度の一大イヴェントだったものだから、音源はほとんどFMエアチェック(死語その2)に頼っており、だからいかなる名曲であろうとたまたま放送されなかったり聴く機会を逃したりすると、案外聴いたことのない曲がけっこうあった。これもその1曲だった。
 さて、そんな訳だから聴かないうちに期待ばかりがどんどん膨らんで行った。なにせあの「未完成」の後に作曲された交響曲なのだ。しかも「ザ グレイト」と呼ばれている曲だ。あのシューマンが「天上的」とまで激賞した音楽。いったいどんなすごい曲なんだろうか――。
 結局聴けたのは高校に上がってからだったが、いよいよ聴けるとなった時は放送前からラジカセの前で待ち構えていた。カセットテープを間違いなくセットし、タイミングを計って録音ボタンを押し、そのまま耳を傾ける――。冒頭いきなりホルンだけでゆったりしたメロディが流れてくる。流麗だがどこかバランスが狂ったような不思議な感触があった。「未完成」のようなひりつくような緊迫感はなく、どちらかというと穏やかに進む音楽。それだけでどこか拍子抜けしたものを感じたが、それでも聴き続けるうちに徐々に力を増していき、いやがうえにも高揚していく。そう、まだ序奏部なのだ。これからいよいよ本題、主部に入っていくのだと思い直し再度待ち構えていると、音楽が最初の頂点を迎えると共に一気に第1主題に流れ込んでいく――。
 「ドッソドッレドッソドッレドッ…」
 (なんじゃこりゃー)思わず前のめりに突っ伏しそうになったのを覚えている…。

 いや、変な期待をした自分の方が悪いのだが、それにしても第8番とは方向性があまりに違い過ぎていた。確かに第1楽章コーダで冒頭主題が戻ってきて重々しく壮麗に終わる所などかっこいい。その後も所々「おっ!」と思わせる部分もあったものだから、この時全曲録音したテープをそれでもそれから何度も繰り返し聴き返したのだが、第1印象がこれなもんだから、なんだか妙にガチャガチャした曲だな、との印象をぬぐいきれなかった。シューマンはこの曲のどこにそんな感激したんだろう。考えてみればシューマンは「未完成」を聴くことはなかったので比較しようがないが、それにしても…。

 もちろんそれから何度も聴いているけども、僕の中でもその時々で印象はけっこう変わっている。実際、評価が難しい曲だと思う。演奏頻度の多い人気曲でありながら、まわりに聞いても「あんまり好きじゃない」との声がけっこう挙がる。僕の中でも、「未完成」は疑う余地のない桁外れの名曲なのだが、「グレイト」の評価は時によって「おっ、なかなか」だったり「やっぱりちょっと…」だったり揺れ動いている。

 この曲の印象を決定づけているのは、シューベルトの曲としてはちょっと他にないほどの屈託のなさだろう。というかシューベルトという人、「屈託の作曲家」と言っていいほど、胸の中にいろんなことを抱え込んで、それが音楽ににじみ出ているような人なのだ。それがシューベルトの音楽に何とも言えない憂いを含め、それに対してある時は葛藤し、ある時は諦念し、細やかな感情の襞が表現されていく。そういったものが「グレイト」には第2楽章にちょっと感じるぐらいで、後は見事なほど、きれいさっぱりないのだ。
 それは偶然ではなく、シューベルトの意図するところだったのだろう。

 シューベルトは作曲当時28歳、よもや自分が31歳で亡くなるとは思っていないから、晩年の意識はまだなかろう。作曲家として自分はまだまだと感じ、なんとかそれまでの殻を破りたいと思っていた。そして飛躍のためにむしろ足かせになっていると感じたのが、その抒情に満ちたメロディの才能だった。
 音楽の授業とかでシューベルトにつけられた称号は「歌曲王」。実際10代の頃から「魔王」「野ばら」をはじめまさしく泉がわき出るがごとく珠玉の名品を次々と生み出してきた。クラシック音楽界で歌曲の世界に限れば、彼を凌駕どころか比肩する者さえ見当たらない。それほどまでに突出した存在なのだ。
 1曲数分の歌曲の世界では彼は無敵だった。しかしシューベルトは徐々にそれでは満足できなくなっていく。彼が目指すのは同時代の大先輩、ベートーヴェンだった。そのあまりに偉大すぎる姿を仰ぎ見ながら、それに続く存在になりたい、シューベルトの後半生はその想いに尽きると言っていい。
 シューベルトの天賦の才であるメロディは抒情的でセンシティヴだが、一方で交響曲のような長時間の楽曲を構成するには不向きだった。メロディだけで世界がほぼ完結してしまうからだ。
 一方ハイドンからベートーヴェンに連なるウィーン古典派の音楽は、メロディそのものの魅力はさほど重要ではない。むしろ必要なのはメロディの構成要素的な動機(モティーフ)であり、それを分解・拡大・統合等様々に展開をしていって(動機労作)まるで建造物のように組み立て上げることこそが大切なのだ。
 典型的な例としてはやはりベートーヴェン交響曲第5番を挙げるべきだろう。かの有名な「ジャジャジャジャーン」という単純極まりない動機、ベートーヴェンは偏執的と言えるほどにその動機をありとあらゆる手を使って積み上げていき、遂にはほとんど冒頭動機を緻密に組み立て上げるだけであの一縷の隙もない音楽の大伽藍たる第1楽章を作りあげてしまった。第2楽章以降もこの動機は根底に流れる暗渠のように存在感を発揮し続け、最後の和音を鳴らし終わるまで、結局「この曲は冒頭動機だけでできている」と思わせるだけのとてつもない有機的構造物に組み上げてしまった。
 シューベルトはその自分の欠点に気付いていた。10代の頃は、自分のメロディを使ってハイドンモーツァルト的な交響曲を次々に書き上げて行った彼が、20代にはいるとぱたりと交響曲の筆が止まる。その代りに書かれたのが7番の稿にも触れたいくつもの未完成交響曲である。前述の7番・8番はその中でもちゃんとまとまった方で、他の者は書き始めてはぱたりと筆が止まったままほっとかれた断片ばかりである。そこには殻を打ち破りたいのに破れない試行錯誤の跡が垣間見えている。
 まとまった未完成交響曲2曲のうち、第7番は魅力的ながらもまだ10代の頃の影を引きづっている所があるのに対して、やはり惜しいのは8番だ。彼は自分のメロディの才を前面に押し出しながらも、独自のせめぎ合いをみせてすさまじい音楽の"場"を作り上げてみせた。これを無事最後まで完成させていたらその後のシューベルトの作品はまた違った展開を見せていたろうし、おそらくその音楽は後のシューマンブラームスさえ追い抜き、時代を越えてマーラーのような境地にまで達することが可能だったろう。しかしご存じのように第3楽章で行き詰まり――不本意ながらそこで放棄せざるを得ないことになってしまった。
 おそらくはここら辺から「今の行き方ではだめだ」と思ったのだろう。ベートーヴェンに続けるような交響曲を書き上げるにはどうすべきか…。そしてシューベルトは自らの一番の才である"メロディ"を捨てた。

 そして交響曲第9番となった「グレイト」を書き始めた時、ベートーヴェンに倣って、極限まで単純化され、もはやメロディとは言えないような動機を積み上げて曲を作ろうとしたのだと思う。
 そして生まれたのがあの「ドッソドッレドッソドッレドッ…」だった。本当に何の変哲もない、ただハ長調の主和音の音を順に組み合わせただけのような音型。しかしシューベルトは自信満々だった。第4楽章に至っては「ドッドミーッ!」というほとんど一瞬のシグナルのような動機を用いて一気に駆け上がっていく。
 ただ、シューベルトが自分の一番の持ち味を殺してまでして挑んだ挑戦、その結果は…。やはりいささか意余って力足らずの感なきにしもあらず、という所だろうか。第1楽章など単純化した動機を組み上げて立体的な建造物にしたかったのに、うまく積み上がらずに結局どんどん横に並べていって、なんだか長屋みたいなものなってしまったように見える。

 ただ続く第2楽章は、緩徐楽章ということもあって最初から自分のメロディを前面に押し出すことにしているようだ。とはいえ曲調からいって「未完成」のように心を引き裂かれるような重苦しいものではなく、おだやかで澄明なものだが、それでもやはりシューベルトの持ち味が自然に発揮されており、曲が進むにつれていつしか重力から解放されてどこまでも高みに昇っていくような感じがする。シューマンが「天上的」という言葉を思いついたのも、そのあたりかもしれない。

 続く第3楽章。かなりざくざくと突き進むスケルツォで、エネルギッシュだが一方で音楽としてそれほど突出しているか、というとそれほどとは思えない。どこか通り一遍なところがあるのだ。トリオのメロディもシンプルすぎて心に引っかからないし。ただ大曲としてのスケール感は妙にあるのだ。とにかく構えだけは巨大なこの楽章、全体のバランスをとるためにはスケルツォにもこれぐらいの器の大きさが必要だ、ということだけは妙に納得できてしまう不思議な存在感を持っている。

 そしてフィナーレ。前述のようにシグナルのように極限まで短い動機をいきなり提示して猛スピードで駆け出していく。シューベルトは以前から時折無鉄砲なまでに走り出してそのままブレーキを失いいつまでも駆け回る、という事があるのだが、この曲もそれに近い。ただ違うのは、一見無軌道に見えてちゃんとコントロールができていることだ。第1楽章のように徒に構えを大きくしようという意図はなく、ギャロップ風にどんどん駆けていくのに、いつしか動機をきっちり確保して第2主題に移る。その第2主題も第3楽章トリオ以上にシンプルこの上ないが、駆け抜けようとする第1主題に対してちょうどいい緩衝剤のように妙にフィットする。そうして提示部をきっちり組み立てた上で展開部に、そして再現部へと…とソナタ形式の必要充分な構成がきっちりと浮かび上がってくるのだ。
 最終楽章に至ってようやくシューベルトは自分が目指していた境地に手がかかったように見える。それはベートーヴェンの世界とはまた明らかに違うが、疾走する中にも"意"がきっちりと感じられ、形式も自然と形作られていく。そうなると駆け回るエネルギーは明確な方向性を持ち、ぐいぐいと上へ上へと昇華していくかのような無限の生命力となって燃焼する。先ほど触れた第2主題の後半に出てくるさりげない下降音型が後に非常に重要な展開要素へと変貌していくのに気づくとハッとする。
 そしてその生命力はコーダに至ってまったく予想だにしない境地に達する。一旦静まったと思わせといてまたぐいぐいと力を増していき、その力をあろうことか弦全員で主音である「ド」を何度も何度も大地に押さえつけるがごとく叩きつける。(そしてこの「ド」の連打も、実はあのシンプルすぎる第2主題の変形なのだ) だが一旦勢いがついた音楽はそんなことで押しつぶされはしない。叩きつけられればられるほど抗する力は増していき、遂には「ド」の呪縛から解き放たれてどこまでもどこまでも飛翔していく。こうなるとあの弦の低音すら生命力を鮮やかにするための彩にすら見えていく。こうしてすべてを凌駕して全曲を閉じる。

 オールリピートで1時間を超える長大な音楽で、途中完璧とは言えないようないろんな所があるが、このフィナーレに接するとそのすべてを越えて「グレイト」な音楽を聴いた、という思いに至るのだ。ほんと、第1楽章からこのような音楽が書けてたら文句ない名曲になっただろうに、本当に惜しい――だがその最後に行きついた境地と絶え間ざるエネルギーの噴出は、やはりどうしても打ち捨てるには忍びない魅力がある。はたしてこの曲は名曲なのか…結局のところ、なんて判断に迷う曲を書いてくれたんだ、シューベルトは、と最後の最後まで結論の出ない叫び声をあげてしまうのだ。

底知れない音楽 ~シューベルト 交響曲第8番「未完成」

 数か月前に新聞広告で知ったのだけど、昭和21年の2月に広島でシューベルトの「未完成」が演奏されたという記録が残っているのだそうだ。場所は焼け残った高校の講堂で、演奏者もどうやら寄せ集めだったようだが、あのおぞましい原爆投下からまだ半年しか経ってないあの広島で「未完成」が流れた…。想像するだけで、その状況と音楽とのあまりのシンクロニシティっぷりに身の毛がよだつ思いがした。

 ――それほどまでに「未完成」は、他の音楽では決してみられないような深遠さを宿した一種異様な音楽なのだ。

 少し前の記事でシューベルトの"第7番交響曲"の魅力について触れ、この曲が番号からはじき出された事を嘆いたけども、だからといって、現"7番"と呼ばれているこの「未完成」交響曲をないがしろにする気は毫もない。いや、それどころかこの曲はシューベルトの全作品の中でも、いや、すべてのクラシック音楽の中に於いても他に代わるものなど決してありえない、孤高な位置を占めている音楽だと固く信じている。
 最も最初からそう思っていた訳ではない。僕が初めて「未完成」を聴いたのはクラシックに興味を持ち始めた中学生の頃だったが、当初しばらくの間この曲が苦手でしょうがなかった。とにかくあまりにも重苦しい。この頃はもっぱら明るく快活な音楽が大好きで、暗い曲でもベートーヴェン交響曲のような力強さや、モーツァルトの40番のようなしなやかなセンスのよさが感じられる曲ならともかく、とにかくひたすらストレートに重く攻めまくるようなこの曲になかなか馴染めなかった。しかし何度か聴くうちに、第1楽章第2主題の危ういまでの儚さに気づき、そうなるとそれが容赦なく叩き壊される非情さに打ちのめされ、次第にこの作品世界にのめり込むようになり、なぜか未完成に終わったという"謎"も含めてこの曲に取りつかれていった。

 時折勘違いされるけども、"未完成"の代名詞ともなっているこの曲は作曲者の死によって未完に終わった訳ではない。確かにシューベルトは31歳で早世しているが、この曲に着手したのは25歳の頃で、その早すぎる死の影はまだ訪れてはいなかった。しかし勘違いされても仕方ないかな、と思わせるほど、この曲はあたかも彼岸の域を垣間見たかのような深遠さに満ちていると思う。その前では"悲しみ"という言葉すら薄っぺらに思えるほどだ。
 当時の交響曲は「急-緩-急-急」の全4楽章で完結するのが倣いとなっていたけれども、この曲はそのうち前半の2つの楽章しか残されていない。続いて第3楽章を作曲しようとした痕跡は残っているものの、なぜ中断してしまったのか、その理由は今でもはっきりとしていない。だけども、この曲を聴いていくうちになぜここまで書いて途切れてしまったのか、僕には自然と腑に落ちてくるような気がするのだ。シューベルトがそれまで書いたどの曲よりもはるかに内容が充実しており、残された2つの楽章だけでも充分すぎるほどの感動を与えてしまい、下手にその後を続けると却って感興を削ぎかねない――。シューベルトの天才をもってしてもこの続きを書くことができず、行き詰った挙句、一旦中断して作曲を棚上げし、結局そのままになってしまった…といったところではないだろうか。もし彼により充分な寿命が残されていれば、あるいは再び筆を執って完成させた、という可能性がないとは言えないけども、もしそうなったとしても現在のこの凝縮されつくした音楽よりさらに素晴らしいものになったかどうかは正直疑わしいと思う。

 冒頭、地の底を這うような低弦の響きから、不安を誘(いざな)うようなヴァイオリンのさざ波が湧きあがり、その上にオーボエクラリネットの重奏でかぶさる第1主題。その時点でこの音楽の方向性がはっきりと見えてくる。次第に力を増してきて、叩きつけるような総奏の後、ホルンによる持続音を残して場面一転、木管シンコペーションのリズムに乗ってチェロが夢見るような第2主題を奏でます。メロディはヴァイオリンに受け継がれて一時の心地よさに身をゆだねた瞬間、いきなり全合奏の爆音に打ちのめされ、いきなり現実へと叩き落とされたような衝撃を受けます。
 その後も甘美な夢と厳しい現実の狭間を行き戻りされるような展開が続き、そのクライマックスでは冒頭の主題が全員で打ち鳴らされて、すべてを圧し潰すかのように高らかに鳴り響く。最後には、容赦なくとどめを刺されるかのような全合奏で終わりが告げられて第1楽章は断ち切られます。

 続く第2楽章は一転、冒頭からおだやかで充足した世界が広がり、時折踏み鳴らすような力を感じさせるものの、また次第に落ち着きを取り戻しておだやかに続いて行きます。続いてクラリネットで凛と屹立するかのような大ソロが登場しますが、後半それを受け継いだオーボエのソロは包み込むように暖かなメロディへと生まれ変わります。人心地がついたと思わせた瞬間、再び地を引き裂くような強奏に襲われ不安に包まれますが、徐々にまた落ち着きを取り戻し、最後には天に昇るかのような境地へと昇華していき、消え入るように第2楽章の幕を閉じます。

 その終結を受けて奏される第3楽章…。それも引き締まって堅牢であり決して悪い出来ではなく、単独で発表されていたらそれなりに評価されているでしょう。ただ、「未完成」の第3楽章として考えると、前半2つの楽章があまりに桁外れにすさまじすぎて、どうしても見劣りしてしまうのです。おそらくシューベルト本人もそう感じたのでしょう。「なんか違うな」おそらくそんな理由で作曲を中断し、そのままになってしまった…。そう考えるとなんだか腑に落ちるのです。このように前半だけで至高の境地に達した音楽をさらに続けることができるのだろうか――生半可な音楽では却って蛇足めいてしまうだろうし、実際そうなってしまうことを予感したのではないでしょうか。

 その結果――シューベルトはそんなつもりで作曲したわけではなかったのでしょうが、この曲は未完成ゆえにそれまで例を見ない構成を見せることになりました。第1楽章では涙さえ流せないほどの深い慟哭と、それから(いや、それ故に)逃れるように紡ぎだされる甘い夢心地なメロディがが激しくせめぎ合う音楽になりました。シューベルト自身が後に『冬の旅』の中の1曲「春の夢」で端的に表現したような世界が、よりスケール大きく、深遠に表現されたようなようなものです。
 それに続く第2楽章ではその二律背反した2つの感情が徐々に交わりながらもとろけあい、最後にはすべてを超越して音楽がどこかへ昇華していくかのようにして終わりを告げます。
 奇しくもそこで中断されたままになったその音楽は、それ故に純粋かつ至高のものとなったと思います。そしてその音楽が、あの悲劇からまだ半年しか経っていない広島で響き渡ったと聞くと――まさしく想像を絶する地獄を見たこの町で、第1楽章は慟哭も甘美もこれ以上ない共鳴しあったと思えるし、さらにそのせめぎ合いを経た上で最後は昇華していく第2楽章が聴く者の心にこれ以上ない平安をもたらしたのではないかという想いが湧き上がってくるのです。

 この音楽は、こういう極限状態を味わった地でこそ最もふさわしく響くような気がします。近年、近衛秀麿が(主に戦争中ナチスの膝元にいながらユダヤ人救済に尽力していた業績から)再評価の兆しが見えていますが、彼の戦争中のキャリアの中でも特に取り上げられるトピックスが、1943年に瓦礫の山と化したワルシャワに於いて、(当時ほぼ人権を奪われていた)ポーランド人からなるオーケストラを指揮した演奏会における「未完成」でした。奇しくもここでも「未完成」。これは偶然ではなく、なんだか町が、その場の空気が「未完成」を求めた結果そうなったのではないかと言う気がしてしょうがないのです。この時の演奏会は実に感動的で、近衛自身生涯印象に残り続けた演奏会だったそうです。

 稀代の天才シューベルトが、たまたま最も感情の一番奥深い所の悲しみを汲み上げて、半ば偶然にその最上の部分だけをとりだした所で中断したこの「未完成」。その魅力はまさしく底知れないものがあり、人が最も苦しんだ時にこそこれ以上ないほどその心に寄り添える作品になったのだと思う。

ネットの力と「魔法使いの弟子」

 こんなニュースが流れてきた。
○ネットの「善意」の盲点 九州豪雨で「タオル大量送付」が起きたワケ
https://www.j-cast.com/2017/07/12303051.html?p=all

 事の発端は、今回の記録的な豪雨で九州中部で大きな被害が出たが、被災地の一つである日田市の女性が自信のFacebookで「タオルが足りない」と呼びかけた事だった。直ちに反応があり、呼びかけに応じて全国から次々とタオルが届けられた。わずか1日で十分すぎる量のタオルが揃ったので、女性はFacebookで「もう足りてます」と自ら打ち切り宣言をした。
 ――が話はこれで終わらなかった。その後も次々とタオルが届けられ、女性の許はタオルであふれかえり、その後何度「もういりません」と呼びかけてもその勢いは止まらない。要は最初の呼びかけを見た人がよかれと思ってブログやツィッターでその情報を拡散し、元記事を見たことない人たちがその孫引き・曾孫引きの記事を見て碌に確認せずに"善意で"タオルを送ってきたのだ。
 その他問い合わせの電話が元の女性の許にも殺到し、その数 日に100本、応対に追われて女性は大変な時なのに何も手がつけられなくなってしまったという――。

 このニュースを聞いてふと「魔法使いの弟子」の話を思い出した。元はゲーテの作品だが今はそれを基にしたデュカスの管弦楽曲やディズニーの「ファンタジア」の方で知られているだろう。師の魔法使いの留守中、水汲みを仰せつかった弟子が、聞きかじった魔法を箒にかけて代わりに水汲みをやらせる。瞬く間に十分すぎる水が汲み上げられたものの、その時になって弟子はどうしても魔法を解く呪文を思い出せず…。
 そのまま水は汲むに任せるままに溢れだして辺りは水びだし。思い余って弟子は箒を真っ二つに折るが、折れたそれぞれがまた水を汲み出すので倍のペースで水が運び込まれ…。

 今回の出来事、基本的に誰も悪気があった訳ではないが、良くも悪くもネットの力の凄さを端的に表したものだろう。あたかも"魔法"のように瞬く間に大量のタオルを呼び寄せたのだが、一回勢いがついたそれは拡散されることによって際限なく広がっていき、あたかも箒が2本にも、4本にも、無数に折れてそれぞれが水を汲み出すようにますます力を増していく。「魔法使いの弟子」では最後には師匠が帰ってきてたちまち魔法を解いて箒を元に戻し、どうにか収拾をつけるのだが、恐ろしいことに、ネットの力は一度火が点くと誰にも制御できなくなる。収拾をつける師匠はどこにもいないのだ。

 こういうニュースが流れるという事はそれなりに事態を収拾に向かわせる抑止力にはなると思うが――。ネットの力に振り回されて却って復興が遅れる事にならないよう、切に願っています。

シューベルトの交響曲第7番、は…

 先日、所属しているアマオケシューベルトの「未完成」交響曲を演奏したのだが、チラシやプログラムにその番号が「第7番」と書かれているのを見る度に、心の片隅に違和感を覚えるのがどうしても避けられなかった。
 ある年齢以上の人ならば分かるだろうけど、シューベルトの「未完成」は長いこと第8番と呼ばれていた。続く「グレイト」は第9番。だけどこちらは時折「第7番」と書かれていることに何度か出くわし、まだクラシック音楽を聴きはじめて間もない僕は「なんで同じ曲が7番だったり9番だったりするんだろう」と不思議に思ったものだ。

 このようにシューベルト交響曲の番号は長い事混乱していた。なぜこんなことになったのかというと、シューベルトが生前は作曲家として無名であったことと自身の性格が原因としてあげられる。即ち
 ①交響曲の出版はおろか公式に演奏されることすら生前には1度もなかった。
 ②書きあがった交響曲の楽譜をきちんと整理することがなかった。
 ③当然、自分の交響曲に自分で番号を付けることもなかった。
 そのためその番号はすべて、死後に彼の名が上がると共に作品研究の中で呼ばれるようになったもので、その研究過程において番号付けが順次なされていったのだ。

 とはいえ1番から6番については混乱はない。これらはシューベルトが16歳から20歳ぐらいまでのまだ学生時代に書かれたもので、おそらく仲間うちの学生オケで音出しするぐらいのつもりで作曲されたと推測されている。これらは死後シューベルトの名声が徐々に高まりつつある中 程なく発見され、作曲時期はシューベルト自身が楽譜に記入しているのでそれに基づいて順に番号を振っていけばよかった。
(この初期の交響曲も若書きとは思えないぐらい素晴らしい曲がいくつもあるのだが、あまりに回り道になってしまうのでここでは割愛します)

 それではシューベルトは成人してからは交響曲を書かなかったのだろうか? そう思った矢先、とてつもない大曲が発見された。発見者はあのローベルト シューマン。彼がシューベルトの兄が保管していた遺品の中から分厚い楽譜の束を発見し、それが当時としては見た事もないほど長大な交響曲であることが分かってシューマンは驚愕した。「天国的な長さ」そう表現して、盟友メンデルスゾーンにその曲を託して初演した。それこそが現在で言う「グレイト」交響曲だった。その時にはシューベルトが亡くなって既に10年が経過していたが、この交響曲は、それまで知られていた6曲に続くものとして、自然と第7番と呼ばれることになった。
 次の発見はさらに28年後の事、なぜか前半2楽章のみしか残されていない不可解な交響曲が発見された。いわゆる「未完成」交響曲である。未完成ゆえ普通ならば交響曲としては正式にカウントされないはずの曲だが、この曲はあまりにすごすぎた。このような素晴らしい曲が40年もの間埋もれていたなんて…と、これを聴いた当時の人たちの衝撃は途轍もなかったと想像できる。それ故に、前半だけにも関わらず未完成のハンデを乗り越えてたちまちレパートリーに加えられ、それどころかシューベルトの代表作とまで目されるようになった。そして「グレイト」(7番)に続くものとして8番と呼ばれた。

 没後40年近く経ってなおこれほどの名曲が掘り出されたのだ。「他にもまだあるのではないか」と愛好家が色めくのも無理はない。シューベルト研究はこれを機に一層熱を帯びてきた。そして――実際に他にもいくつもの未完成交響曲シューベルトには存在した。とはいえそれらはほんとに「書きかけ」の断片であり、ちょっと書いて唐突に投げ出されたりして曲の体をなしてないものがほとんどで、参考以上のものにならなかった。
 しかし「シューベルトの幻の名曲」探しは終わらない。そんな中で注目されたのが、仮に「グムンデン・ガシュタイン」交響曲と呼ばれた曲だった。これは楽譜は全く残ってない、だが1825年のシューベルト自身の手紙の中にこの曲に関する記述があり、それによると彼自身かなりの自信を持って書かれた大曲のはずだった。楽譜は書かれたがどこかに紛失したと思われた。しかし「グレイト」や「未完成」が見つかった以上どこかにあるはずだ、とその幻の交響曲を求めて長年探索が続いた。が、一向に見つからない。一時期「グランデュオ」D812というピアノ連弾曲こそがそのスケッチではないかと囁かれ、19世紀の大ヴァイオリニスト:ヨアヒムの手によってオーケストレーションされたりしたが、その根拠は作曲時期とその壮大な作風という状況証拠のみであり、定説となるには至らなかった。
 しかしこの幻の曲の結末は意外な形で着いた。後になんと「グムンデン・ガシュタイン」交響曲イコール「グレイト」であることが明らかになったのだ。それまで「グレイト」はシューベルト死の年の1828年に書かれたと言われていたが、その後の研究で1825年であることが分かり、幻の交響曲と同じ年であることがはっきりした。そうなってみるとその他の符牒もすべて一致し、間違いないと結論付けられた。


 それではもうシューベルトの未完成交響曲はないのだろうか――いや、隠し玉とも言うべき大曲がもうひとつあった。それが今回取り上げるD729なのだ。
 作曲時期としては24歳、「未完成」の前年にあたり、演奏時間は40分にも達して編成も規模もちょうど初期の6曲からは一線を画すものだった。ただシューベルトはこの曲を書くに当たってちょっと面白いことをした。いわゆるピアノ譜のスケッチを一切書かず、いきなり14段の楽譜にスコアを書きだしたのだ。理由は分からない。すさまじい勢いで楽想が湧き出して、それをできるだけ新鮮な生の形で書き記そうとしてそういう形を取ったのかもしれない。(それまでも弦楽四重奏曲などでそういう方法を取ったことがあった) とにかく噴出するメロディを次々と書き飛ばし、結局筆が追い付かずに後の方になるほどメインのメロディ1本線でそれを奏する楽器の部分に書き記すのみになっていった。
 おそらく驚くべき集中力を持って短い時間で一気呵成に書いたのだろう。遂には全4楽章の最後まで到達し、シューベルトは堂々と最後の二重線と共に「Fine(終わり)」と麗々しく書き込んだ。
 ――こう書くと一瞬完成しているように見える。が書かれている楽譜の大半は1本の楽想だけであり、他の段は真っ白で総譜はすかすかだった。まだまだこの後彼の頭の中にある響きを定着させるためにその空白を各楽器で埋める作業が必要だった。そして実際冒頭に戻ってオーケストレーションを始めている。だから第1楽章の序奏部はシューベルト自身の手によって素晴らしい響きが書き遺されているのだ。
 ところが…シューベルトさん、なぜかは知らねどこの作業の途中で悪い癖が出て放り出してしまったのだ。また新しい曲が浮かんでそちらに夢中になってしまったのかもしれない。とにかく他の事に気を取られたのか、結局オーケストレーションが済んだのは第1楽章の序奏部と提示部冒頭のみで、後はその骨子が最後まで残されただけだった。
 言ってみれば「未完成」が途中までで途切れた「横の未完成」なのに対して、この曲は一応最後まではつながっているがスコアとしては完成されてない「縦の未完成」と言えると思う。
 もちろんこの状態では打ち捨てられてもしょうがないとは思うのだが、一番重要なのは「未完成」同様、音楽として面白いかどうかだが、これがまた――捨てるにはあまりに惜しいものだった。

 まずは第1楽章。序奏部は前述のようにすべてシューベルト自身の手になるもので、最初の第1音からすっと聴く者の心に忍び寄って作品世界に引きづりこむような魅力を持っている。続く主部はメロディ自体はちょっと軽めとはいえ、シューベルトらしい、もう次々と展開が湧き上がってきて最後の1音まで息を切らさずにめくるめく展開が眼前に繰り広げられるようなのだ。
 続く第2楽章。私見だがこの楽章こそこの曲の白眉かもしれない。しっとりと心をまさぐって入り込むようなかすかに憂いを含んだメロディ。その後も寄せては返す波のように様々に色合いを変化させていき、緊張の糸を最後まで切らさない。
 第3楽章はスケルツォ。ある意味標準的とも言えるが、単なる軽い音楽では終わらせない何かを感じさせ、そして終結部は後の「グレイト」にもつながるスケール感を醸し出している。
 第4楽章フィナーレは軽妙な音楽。いささかシューベルトらしい悪ノリが出てしまったと言えない事もない。人によっては一本調子で冗長と非難する人がいるかもしれない。しかし僕はこれもまた彼らしい生命力が絶えることなく噴出して最後まで疾走しきった音楽だと思う。シューベルトの音楽が好きな人にとっては堪えられないだろう。

 このように全編彼らしい魅力にあふれた作品なのだ。もちろん「未完成」に匹敵するか――と言われれば贔屓目に見ても言葉を濁さざるを得ない。(それほど「未完成」は別格なのだ) とはいえ初期の6曲と比べてもそれまでの殻を破って脱皮しつつある姿が明らかに垣間見えてきて、何よりその曲自体捨てられるのが惜しくてしょうがない曲なのだ。

 実を言うとこの楽譜の存在自体は「未完成」より20年ほど前から知られていた。シューベルトの兄フェルディナンドは、なんとメンデルスゾーンにこの楽譜を送り、補筆完成を依頼したという記録があるほどだ。(結果は断られたようだが)
 この楽譜をオーケストラで演奏できるようにした例として、20世紀初頭の名指揮者フェリックス ヴァインガルトナーによる補筆完成版(1934)がある。実際この楽譜によってこの曲は知られるようになり、その後まもなく、この曲が第8番の「未完成」の前にある第7番、「未完成」は偶然にもそのまま8番となり、同時に「グレイト」は作曲年代が「未完成」より後なので第7番から第9番に繰り下げられた。
(「グレイト」の番号が混乱したのはこのいきさつによる)
 ただ、このヴァインガルトナー版は今聴き返すといささか問題が多い。どう考えてもシューベルトっぽくない響きが随所に見受けられるのだ。この時代の指揮者は過去の作品を自分の考えでいろいろ手を加えて独自版を作ることがかなり一般的に行われていたし、むしろどう響きを自分流に作り替えるかが指揮者の腕の見せ所みたいな風潮があった。当時は作曲家としても活動していたヴァインガルトナーの事、シューベルトの楽譜を素材として自分流の響きを創り出すことに夢中になっているように見受けられる。第2楽章などいろいろお化粧した挙句もとの素晴らしいメロディが埋もれ気味になってしまっているし、冗長と判断したのか、第4楽章などかなり大胆にカットして楽想の流れを変えてしまっている所もある。このようにヴァインガルトナー自身の色がかなり色濃く出てしまい、シューベルトの音楽とみるとけっこう違和感があるのだ。

 ヴァインガルトナー版に代わるものとして1980年代に出現したのが、イギリスの音楽学者ブライアン ニューボールドによる復元版だ。これは一転してかなりストイックな補筆で、シューベルトの音符を最大限生かし、演奏するのに最低限の音のみ書き加えたように聴こえる。その仕事は、あたかもマーラー交響曲第10番の復元に半生を費やしたデリック クックを思い起こさせるものがある。それ故に響きが全体的に薄くて通り一遍に思えるし、スケルツォ終結部などはヴァインガルトナー版の方が堂々として響き豊かで、こちらのほうがこの曲にふさわしいと思える部分もある。前述のように序奏部はシューベルトが書いたそのものなので、そこだけが実に玄妙で味わい深い響きがある分、その後ほオーケストレーションに隙間風が吹くように感じるのは否めない。しかしそれでもニューボールド版の方がこの曲の魅力を素直に引き出しており、心にすんなり入って腑に落ちることは確かなのだ。いずれにしろ最後までシューベルトが最後まで完成しなかった以上誰にも最終判断は下せないが、僕は総合的に見てニューボールと版の方を評価する。
※現在ヴァインガルトナー版はレーグナー指揮ベルリン放送響楽団(シャルブラッテン)、ニューボールド版はマリナー指揮アカデミー オブ セント マーティン イン ザ フィールズ(PHILIPS)のCDで聴くことができる。

 このようにしてこの曲は一時期交響曲第7番として定着しかけたのだが、1978年に発表された新シューベルト全集に於いて自筆譜で演奏可能でないものは排除するという方針が打ち出され、結局この曲は番号からはじき出されてしまう。「未完成」は第2楽章までは自筆譜で演奏可能という事でギリギリ認められ、番号が繰り上がって第7番に、「グレイト」も同じく第8番となって現在に至った。
 もっともこの呼び方も定着するまではしばらくかかり、その後もけっこう長い間「未完成」は8番と呼ばれ続け、今でも時折そう表記されているのを見かけるほどだ。「7(8)番」というように新旧2つの番号を併記するのも決して少なくない。なによりもこれによってこの素晴らしいD729はあたかも正規の曲とは認められずに日陰者となってしまい、知る人ぞ知る存在になってしまった。

 そのことが無念で、「未完成」が交響曲第7番と呼ばれているのを見る度に「本当は違うのに…」という忸怩たる想いが湧き上がって、心の片隅をチクリと刺される感じなのだ。だが、このままこの曲を埋もらせていいのだろうか。周りを見渡せば、先のクックの手によって演奏可能になったマーラー交響曲第10番は最近はかなり市民権を得てあちこちで演奏されているが、この曲とD729の残存部分はけっこう近いものがある。さらに言えばバルトークヴィオラ協奏曲に至っては、ヴィオラ独奏部のみはほぼ書き上げられていたもののオーケストラ部分はほとんど断片的なものしか残っていなかったという。これですら死後復元された楽譜でほぼバルトークの作品として演奏され続けている。これらを鑑みると、このD729はかなり不当な扱いを受けているのではないか、とこの曲のファンとしてはどうしても声を上げたくなってしまうのだ。

「Freude」の終焉

 「Freude」のページが遂にアクセスできなくなった…。

 アマチュアオーケストラ活動をしている人でこのサイトを知らない人はいないのではないだろうか。
 僕自身、今までどれほどお世話になったことだろう。基本的にアマオケのリンク集および演奏会情報・団員募集情報から構成されており、徹底的に滅私な方針で情報を集め、集約したおかげで全国からアマオケ情報が押し寄せ、「ここさえチェックすれば大丈夫」と思わせるほどの充実ぶりを長年見せていた。
 「Freude」はいったい何年前からあったのだろう。振り返れば僕が今所属している2つの団体も、かつて所属していた今はなき某アマオケも、いずれもここFreudeの団員募集ページで見つけて応募したのがきっかけだった。その時期を勘案すると僕はかれこれ15年ほど前からここを知っていたことになるし、その頃にはもう既にその地位を確立していた。
――ということはかれこれ20年ぐらいは運営されていたのだろうか…。自分が出演する演奏会情報をここに載せてもらったことも何度もあるし、返す返すもお世話になっていたんだなと今さらながら思う。

 そしてもう何年も、大体週イチペースで情報が更新され続けており、もうなんだか永久にその状態が続くような気がしていたのだが、その営々と続いていた更新が昨年末から何の断りもなくぴたりと止まった。最初のうちは今週忙しかったんだろうぐらいに気軽に考えていたのだが、それが2週間、3週間と続き、年が明けても更新されない日が続くとだんだん「もう2度と更新されないのではないか」と不安になってきた。
 そう、その存在のあまりの巨大さ故ににわかには信じられない事だがこの「Freude」、ひとりのアマチュアチェロ弾きが始めた個人サイトだったのだ。その膨大な情報管理も、毎週の更新も、ずっとひとりでやってきた。もしやその管理人に何かあったのでは――。嫌な予感が頭をよぎった。

 そして悲しいかな、その予感は的中してしまった。「Freude」がなぜいきなり更新停止したのか、その理由をネット上で調べてもなかなかヒットしなかったのだが、春になった頃ようやく、管理人が昨年12月に亡くなったという情報を見つけた。
 もちろん個人的に知っている訳ではないので、死因とか享年とか詳しい事は分からない。しかし12月に入ってからも更新されていることから、その死はかなり唐突に訪れたことが想像される。
 それからも「Freude」は最後に更新された状態のまましばらく閲覧できたのだが、先日アクセスしてみたら、ああ、やはり…「ページが見つかりません」になっていた。おそらくご遺族の方が正式にそのページを閉じたのだろう。

 この20年の間にインターネットはSNS主流の時代に突入したが、SNSというのは誰もが情報発信できる分、情報は限りなく拡散していちいち探してまわる必要にしばしば迫られる。「Freude」がひっそりとその幕を降ろした今、アマオケに関してこれだけ情報を集約してくれる、これに代わるようなサイトは今どこにもない。(コンサート情報に限ってはWellpine Music Clubのようなものがあるが) このような情報集約には多大な手間と時間がかかっていたはずで、それを何年もたったひとりで続けてきた管理人にはほんと頭が下がる。そのまとまった情報のおかげでいったい何人の人が豊かに音楽を楽しむことができただろうと思うと感謝の言葉とともに、冥福を祈らずにはいられない。

 「Freude」の終焉、月並みではあるが、これもまた「ひとつの時代が終わった」という感慨を強く抱かせずにはいられなかった。

レジェールリード 不都合な真実

 これまで4回に渡って自分がレジェールリードを使ってみた経緯や雑感を書いてきたが、前回「レジェールリードと合理主義」でけっこうレジェール万歳的なニュアンスだったので、これで終わってしまうのもなにかと思い、最後にレジェールリードについて気付いたマイナス面をまとめてみたい。
 なお、言うまでもないが、これらは自分が吹いてみて実感した、あくまで個人の印象に基づくものですので、その点はご留意ください。

 1.「寿命は半永久的」なんてことはない。
 繰り返しになるがレジェールリードの一番のウリとして「へたらない」というのがある。ケーンのリードは吹いていくさ中にもどんどん唾を吸って変質していくのは避けようがないし、その変質がリードの寿命を縮めているのは確かだ。レジェールなら最初から水分が浸み込まないので、吹きはじめに口に含んで湿らす必要もなければ吹いている間に変化することもない。結果的に安定していて長寿命である。
 それは確かにそうなのだが、時折「寿命は半永久的」なんて記述があったりするのを見ると「それは違うだろ」と言いたくなる。言ってみればこの唾を吸いこむことによる変化がないだけで、それ以外の物理的な摩耗は同じようにあるのではないだろうか。考えてみれば、リードよりはるかに硬くて大きいマウスピースだって年単位で使っていれば徐々にすり減って変質してきてしまうのだ。それよりはるかに薄く、しかも直に振動するリードが無傷で済むと考える方がおかしい。実際吹いているうちに徐々に変形してくるようだし、それによって吹き心地も変化してくる。この変化により、使っているうちになんだかリードが"馴染む"ような感覚があり、一層吹きやすくなったりもするのだが、このような変化があること自体、レジェールが"不変"ではない証拠と言えるだろう。当然吹くのに不向きなほどに変形したら、それはそのリードの寿命ということだ。聞いた話だが、プロの人が使った場合(毎日何時間も吹き続けるぐらいの使用頻度)、だいたい3ヵ月程度で「あれ?」となって、そこで寿命だそうだ。使い方によって寿命は変わってくるので一概にはいえないが、ケーンよりだいぶ長いとはいえ、いつまでも1枚のリードで使い通せるとは思わない方がいい。
 それにレジェールリードの先端は薄い事もあって物理的衝撃にけっこう弱い。僕も不注意で「やっちまった」事があるが、ケーンのリードの場合割れ目や裂け目ができたりするけども、レジェールは「折れ目」ができてしまうのだ。当然その一瞬で寿命だし、これはこれでけっこう悲しいものがある。

 2.唾の多い人は注意
 「リードが唾を吸わない」ことに対し一方では弊害もあったりする。リードが吸わない分、出た唾は管内にすべて溜まっていくのだ。それにどうだろう、ケーンのリードに慣れているからか、舌に触れるその感触に違和感があるせいか、吹いていてこれまでよりも唾の量が増えているような気がするのだ。結果的に今まで以上唾が溜まりやすくなってしまう。それもマウスピース内に溜まってしまい、音がずるずるになってしまうことがけっこうある。(そしてリードが半透明なだけに、内側に溜まった唾が白く写って見えるのがなんとも…) タンポに唾が溜まった場合、咄嗟に息を吹きかけて飛ばすという応急処置があるが、マウスピース内に溜まると一旦リードを外さない限り対処の使用がない…。特にレジェールを吹き始めて最初のうちは唾に難渋することが多いだろう。

 3.「工業製品だから均質」かと思いきや…
 これもレジェールの謳い文句として目にするし、僕も当初はそうだと思ってきた。しかし試奏してみると分かるが、やはり個体差はある、としか言いようがない。レジェールリードを見つめると内部に縞模様や網目模様浮き出てきて、種類によってその模様に違いがあるのだが、その模様も間隔等が1枚1枚差異があり、妙に筋に隙間が開いてるものや目の詰まったものがある。そして吹いてみると、硬さは大差ないが腰の強さにはかなりのバラつきがあるようなのだ。この模様と腰の強さに因果関係があるのかどうかまではまだちょっと見極められていないが、中にはどうにも納得のいかない、所謂"はずれ"リードも存在する。レジェールは総じて腰が弱いので、その中からいいものを選ぶのは重要なことで、その意味で試奏は必須だと思う。
 ただこれも言い方を変えれば、複数の中から自分の好みの腰の強さのリードを選べるということであり、この程度の多様性は喜ぶべき事なのかもしれない。

 4.ケーンと同じ音は出ない
 当初は正直箸にも棒にもかからなかったレジェールリードも、シグネチャー以降は音色や吹き心地が大幅に改善され、ヨーロピアンシグネチャーはさらにレスポンスも格段に向上した。とはいえ――ケーンと音が近づいたか、というと、そうとは言えないと思う。ケーンとレジェールとの間には、音の方向性にやはり違いがあるように感じられるのだ。だから「俺はケーンの音が好きなんだ」という人にはレジェールは勧められない。
 ただ「違う」とは言えるけどもレジェールの音が「悪い」とは今や言えないと思う。レジェールに合ったマウスピースと組み合わせることは必要だが、探せば「音がまろやかで」「低音から高音まで安定して鳴り」「レスポンスもよく」「しかも長寿命」というリードが存在する。うまく嵌れば、レジェールの音はケーンよりもむしろ雑味のない丸みを帯びた音が出せるみたいなのだ。その音はどちらかというとベームクラリネットよりもエーラー式クラリネットと相性がいいようで、ベルリンフィルウィーンフィルでレジェールが広まった訳もそんなところにも理由があるような気がする。あくまでも可能性だが、レジェールをはじめとする人工リードは、天然ものであるケーンの欠点を将来すべて克服し、新たな音を作り出せるかもしれない。そう、弦楽器でもガット弦が使われていたものがナイロン弦にとって替えられたみたいに。(もちろんそうなったとしてもガット弦同様ケーンのリードを使い続ける人は決してなくならないとは思うが)

 5.もう後戻りはできない
 何度も繰り返すがレジェールの一番の特長は長時間の使用に耐える安定性にある。その上に成り立った吹き方そのものの因果関係を突き詰めて吹奏そのものを純粋に見直すことができる、というのは前回「レジェールリードと合理主義」で書いた通りだが、これをずっとやっているうちにいつしか「レジェールリードの吹き方」になっていき、以前ケーンのリードでやっていた吹き方とは別のものになっていくようなのだ。その結果――今、ケーンのリードを久々につけて吹こうとすると、音がスカッとして「あれっ?」となってしまう。あえて吹こうとすると、それまでと違った力使いが必要になって、久しぶりだからうまくいかず…。いつしか自分の吹き方がレジェール仕様になっていることに嫌でも気づかされる。
 逆にケーンの力使いでレジェールを吹くと音が「ピヤーッ」となってしまい…。結局の所やはりレジェールはケーンのリードとは別物であり、その吹き方自体を調整していく必要があり、レジェールの吹き方が身につけばつくほどケーンのリードは吹けなくなっていく。結局レジェールを選択した以上、後戻りはできないのだ。
 これは僕が不器用だから余計にそうなのかもしれないが、でもまわりのレジェール使用者に聞いてもけっこうそういうものらしく、器用に使い分けている人は少ない。

 以上、自分が体験してきていろいろ思ってきたことを書き連ねてきました。まぁ現在の自分はそういったことをひっくるめてなおレジェールを使い続けているので、最終的にはレジェールに前向きなのですが、このようにすべてに満足している訳ではありません。まだまだいろいろ改善してほしい所はあるのですが、逆に言えばケーンは天然ものである以上品質が劇的に変わることはありません。ある意味運を天に任せるしかないのです。レジェールはその点人工ものであるが故に、これからも設計や加工によってまだまだ改善できる余地はあるし、そういった意味では可能性を秘めています。
 だからレジェールにもヨーロピアンシグネチャーでとどまってほしくないし、より新たな設計思想を持ったリードを次々開発していってほしいと思っています。そのためには、現在のように人工リード市場がレジェール寡占状態になっている現状はあまりいい状態とは言えません。なによりも他にも人工リードを制作するメーカーが複数立って、それぞれしのぎを削っていいものを作っていくようになってほしいと思っています。とりあえずレジェールに次いで名前が上がるのはフォレストーンでしょうが、これとて扱っている店舗がレジェールに比べてかなり限られています。試奏ができる所と言いうとさらに絞られてしまうでしょうが、前述の理由で試奏なしで買う気は毛頭ありません。僕も興味があるのでいずれ試したいと思ってますが、近い将来フォレストーンがレジェールと並び立って普及し、お互いしのぎを削ってほしいと思います。

レジェールリードと合理主義

 年明けに並クラもレジェールに移行して4か月。バスクラはもう1年余り前からレジェールにしていたけども、やはり並クラでも使っていると自分がレジェール使いになったんだという気持ちが強くなってきたのを感じる。
 それと共に、吹き方全般いろんなことが、レジェールリードを前提として少しづつ変わってきた。その変化はレジェールの特性と密接に関係していることから、一部「レジェールリード狂騒曲」と内容が重複するけども改めてまとめてみたいと思う。

 レジェールの一番の特徴はなによりその安定性にある。ケーンのリードを使っている時は、その時の気温や湿度によって、また吹いている最中も絶えず調子が変わっていってしまう。吹く際にはアンブシュアやらブレスコントロール等いろいろ気を付けることがあるけども、それと共に、言わば最重要要因として「その時のリードのコンディション」が確実に存在するのだ。
 どんなに体調が良くても、またどんなに奏法に気を付けてもリードが悪かったらうまく吹けない、リード楽器には宿命的にそういうところがある。もちろんリードの責任ばかりにはできない自分の未熟さはあるのだが、思わずリードのせいにしたくなる(その方が精神衛生上よろしい)時もある。
 一方どんなに調子よく吹けていても、リードが「吹き減り」するものである以上、この調子は長くは続かない。あえて長持ちさせるために、絶好調で吹いているのを中断して泣く泣く別のリードに交換して吹くというのもよくある。そして替えた途端なんか音がしょぼくなったり立ち上がりが悪くなったりして、というのも日常茶飯事だ。
 そのために絶えず複数のリードを準備して調整していいものを揃えようと日々努力するのだが――絶えず変化を続けているリードには常に泣かされて、思わず諸行無常を感じてしまう。

 またどんな調子のいいリードでも乾燥してては鳴らず、まずは口に含んで湿らせるのだが、水分がちゃんと中に浸透するまでは時間がかかるので調子が出て来るまでどうしたってタイムラグが発生してしまう。「ちょうどいい」と思うよりも硬めのリードがいいのか柔らかめの方がいいのかも問題で、柔らかめの場合はつけてすぐ鳴るけども次第に柔らかすぎてベーベーになったりするし、最初は我慢して硬めのリードをつけてじっと中まで浸みてちょうどいいところまで柔らかくなるのをじっと待つ、とか状況に応じて様々な事象が発生してしまう。

 しかしレジェールリードの場合、そんなことを気にすることなくすぐに吹きはじめられ、水が浸み込んでリードがバテることを気にすることもなく吹き続けられる。ケーンのリードの場合、リードという必要不可欠な不確定要素が自分と楽器の間に必ず介在しているのだが、レジェールリードを使うことにより、その不確定要素が非常に安定したものへと変わってくれるのだ。

 逆に言うと今までうまく吹けなくても「いいリードがなくってさぁ…」とリードに責任転嫁することができた。レジェールだとその逃げ道をふさがれてしまい、いよいよ自分の技量で勝負する羽目に陥るのだ。今までは自分のせいなのかリードのせいなのか原因がはっきりしない事もあったが、これからは100%自分のせいなのだ。
 なにせ同じように吹けば同じように鳴る事が保証されてしまっているのだ。これはこう吹けばこう鳴る、という因果関係があからさまになることでもあり、こうして追い詰められることにより、改めて自分の奏法をじっくりと見つめ直す機会ができた。

 こんな体験をしているうちに、ずいぶん前に読んだ会田雄次の「合理主義」(講談社現代新書)という本を思い出した。
 この本を読んだのはまだ学生時代の事だったと思う。西洋人・東洋人・そして日本人の比較文化的な内容ではあるが、その主眼を「なぜ合理主義が西洋で生まれ、東洋では生まれなかったのか」に置き、その論拠として和辻哲郎の歴史的名著「風土」を下敷きに、東西の自然環境の差が合理主義の有無を決定づけたのだと述べられている。
 簡単に要点だけ述べると、西洋では東洋に比べ風土が安定しており、天変地異の落差が少ない。肥沃さという意味では東洋の方が西洋よりもはるかに上回っていたのだが、その分西洋の方が変化が少なく、人間が自然を"御しやす"かったのだ。そのため農耕でもどれだけ作業すればどれだけ収穫が見込めるか、といった計算がしやすく、因果関係をはっきりすることができた。そこに合理主義が生まれる土壌があった。一方東洋では同じように作業をしても、大地が肥沃であるだけにいい時は大変な豊作に恵まれるが、大雨・洪水・地震といった自然災害を始め、他にも蝗害といった不確定要素が多々あり、「これだけやればこうなる」という計算がしにくい。どんなに努力してもひと度こうした災害に巻き込まれれば無に帰すことは珍しい事ではなかったからだ。言わば西洋が「ローリスク・ローリターン」だったのに対し、東洋は「ハイリスク・ハイリターン」の風土だったのだ。東洋に置いてこれら災害は人知の及ぶところではなく、こうした環境では合理主義は生まれづらい。結果として代わりに生まれたのが、人の力ではどうにもならない力:"神"の概念だった。"神"の概念はもちろん洋の東西を問わずあるが、西洋の"神"が非常に観念的なものなのに対して、東洋は自然信仰に基づく土着的なものが多い。風土の違いが、ひいては西洋では「合理主義」を生み出し、東洋では「自然神」を生み出した――と。今から思えばいささかスパッと単純化しすぎていて論の進め方も強引に思えるが(さらにこの本は「東洋の中でも日本人だけは…」と日本人論に進む)、読んだ当時はそれまで考えてもみなかった論理展開に非常に強い印象を受けたし、基本的に現在にも通用するのではないだろうか。

 レジェールリードの登場はクラリネットの奏法にこの本で言う"合理主義"的転換をもたらしたと言っていいと思う。ケーンという天然素材は、それ故に演奏者の技量と演奏そのものとの間に介在する不確定要素となっており、両者の因果関係を必ずしも明確にするものではなかった。レジェールリードが最上のケーンのリードに匹敵するレヴェルにまで至ったと言う気はさらさらない。しかしシグネチャーの開発にあたり、往年のシカゴ響トップを長く務めたラリー コムズ他に協力を求めて以来、なかなか侮れない品質にまで上がってきている。ここまでくると「当たり外れが少ない」「環境的・時間的影響をあまり受けない」という安定性は、非常に大きな意味を持ってくる。
 リードと言う不可避だった不確定要素が取り除かれ、今一度、改めてアンブシュアやブレスコントロールといった自らの奏法を見つめ直し、磨き上げるこの上ない機会を与えてくれるものと言っていい。

 そんな面からも、僕はレジェールリードに非常に能動的な意義を見出せると、今、考えている。